『かなしきデブ猫ちゃん』の作者、早見和真氏(左)とソウル・フラワー・ユニオンの中川 敬氏『かなしきデブ猫ちゃん』の作者、早見和真氏(左)とソウル・フラワー・ユニオンの中川 敬氏

西日本で異例の広がりを見せている創作童話『かなしきデブ猫ちゃん』。愛媛新聞で最初の連載が始まり、シリーズ3作品を絵本として出版。主人公のデブ猫・マルが愛媛県の各地を大冒険するストーリーで、猫の視点で綴られた地方都市の風景や魅力あるキャラクターが話題を呼び、次々と版を重ね、2021年にはNHKでアニメ化もされた。

そして、シリーズ4作目となる兵庫編『マルのはじまりの鐘』が、22年4月に神戸新聞でスタート。その連載をまとめた絵本が、今年4月に発売された。物語の舞台は「日本の縮図」ともいわれる多彩な個性を持つ兵庫県。絵本では、1995年の阪神・淡路大震災のあと、被災地の情景を歌ったロックバンド「ソウル・フラワー・ユニオン」の名曲「満月の夕」を、兵庫の猫たちが合唱するシーンが描かれている。

日本の大きな転換点といわれる95年、語り継がれる「満月の夕」の誕生秘話、デブ猫ちゃんの物語に込めた思いを、ソウル・フラワー・ユニオンのフロントマン、中川 敬(なかがわ・たかし)氏と、『かなしきデブ猫ちゃん』の原作者で小説家の早見和真(はやみ・かずまさ)氏が語り合う。

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■「満月の夕」を使わせてもらうことに恐怖があった

早見和真(以下、早見) 『かなしきデブ猫ちゃん』の兵庫編が決まったとき、僕の中では阪神・淡路大震災に触れないわけにはいかないと思っていました。「満月の夕」を知ったのは学生の頃で、横浜で生まれ育った僕が見てきた阪神・淡路大震災の復興の歴史は、この曲とともにあったんです。

中川 敬(以下、中川) どこで知ったの?

早見 収入の少なかった若い頃に男3人で暮らしていたときがあるんですけど、ひとりがバンドマンだったので、たぶん彼から聞いたんだと思います。その頃、よくふたりで聴いていたんですよ。

中川 なるほど。でも俺は、あの曲をシングル・ヒットさせた覚えがないからね(笑)。95年10月の発売から一年後くらいに、レコード会社の担当者から聞いた売り上げはそれほどでもなかった。売れた過半数は関西と沖縄やったな。

早見 えー、それは意外です。僕の中では勝手に何十万枚と売れているイメージがありました......。

中川 いわゆる東京中心の、音楽業界的な意味でヒットした曲とは違って、「満月の夕」は口伝えで、時間をかけてどんどん広まっていったからね。

早見 僕にとっては思い入れのある曲を、自分の物語の中で使わせてもらうことに、正直、すごく恐怖があったんです。なので、中川さんがツイッターに書いてくれた次の言葉は、本当に救われた気持ちになりました。

〈早見和真・かのうかりん『かなしきデブ猫ちゃん マルのはじまりの鐘』(2023)読了。人間の少女との約束を果たす為に、兵庫五国(摂津・播磨・但馬・丹波・淡路)を旅しながら成長してゆく猫の物語。なんと、神戸の猫の楽団が演奏するのは「満月の夕」!神戸の猫達にとって重要な曲らしい。最終章に胸熱〉(2023年1月13日)

あらためてデブ猫ちゃんの兵庫編を読んで、「満月の夕」が使われていることを中川さんがどういう風にとらえたか、教えてもらえますか?

中川 人間界では大ヒットせえへんかったけど、猫の世界では大ヒットしててんなあと思って、感動しました。

早見 笑。うれしいです。

中川 ホモサピエンス同士は中々わかり合えないなと思って56年生きてきたけど、猫とはなんかわかり合えそうな気がしました(笑)。猫が主人公で、そこで「満月の夕」が歌われているっていうのが、ある意味、この曲のありようを象徴しているような気もしてね。

自分の勝手なとらえ方やけど、この物語、人間の人生の旅、デラシネの旅みたいな感じに置き換えられるなって。猫たちが教会で歌うところも、長田(神戸市長田区)の鷹取教会とかがふっと思い浮かんだし。うれしかったですよ、単純に。

早見 よかった。本当に救われます。

「満月の夕」を演奏する兵庫の猫たちと主人公のデブ猫「マル」。『かなしきデブ猫ちゃん マルのはじまりの鐘』より「満月の夕」を演奏する兵庫の猫たちと主人公のデブ猫「マル」。『かなしきデブ猫ちゃん マルのはじまりの鐘』より

■人間にとって「よそ者」である猫の目を借りようと思った

早見 『かなしきデブ猫ちゃん』は、自分で"未来の読者を生み出そう"というところからスタートしているんです。以前から、若者の活字離れ、読書離れが叫ばれていますが、それをただ嘆いているだけの出版業界に腹が立っていた。

だったら小説家として、自分に何ができるかっていうことを考えた末に出てきた物語がデブ猫ちゃんでした。

中川 わかるよ。厳しいのは音楽業界も一緒。サブスクが出てきてから状況がぜんぜん変わった。

早見 僕は、小説家になってからは自分に価値さえあればどこで暮らしてもいいと思い、自分を追い込む意味もあって、縁もゆかりもない町を転々としてきました。

最初は東京から静岡に移住して、その後、愛媛に移ってからデブ猫ちゃんシリーズが始まり、今は兵庫編を書いているんですが、地元の人にとってみれば、どこに行っても僕は「部外者」なんですね。

中川 「よそ者」ということやね。

早見 そうですね。デブ猫ちゃんは、人間にとって「よそ者」である猫の目を借りようと思ったことが物語の出発点として大きかったんです。主人公のマルには、いろんなルールに縛られている人間社会をあざ笑える存在として立っていてほしかった。

そうするには、書き手である僕が見た兵庫はこうだっていうことを表明しなきゃいけないと思っていました。でも、一方で「よそ者」としてその町の文化や風土、歴史を語ることに対する恐怖はめちゃくちゃあるんです。

中川 物語の舞台になる町を取材して、自分が「知った」ような気がしているそこの歴史的情緒を作品化していく上で、自分の「立ち位置」は明確にしなあかんからね。俺は95年までの10年くらいはずっとロックのフィールドでやってきて、28歳のときに阪神・淡路大震災が起きた。そしてひょんなことから、その3週間後から2日にいっぺんぐらいの間隔で避難所を回るようになった。

ギターを三線(さんしん)に持ち換えて、避難所にいるお年寄りや子どもたちに向けて、明治・大正の頃の流行り歌や民謡を演奏して回るっていうことを始めた。

俺は日本人やけど、当時よく自分のことを「在日関西人」って言っててね。日本人として朝鮮民謡の「アリラン」を歌うとはどういうことなのか。アイヌ民謡、沖縄民謡を歌うとはどういうことなのか。逡巡しながら演ってた。今、早見さんが話したことと近いんじゃないかと思う。

地域のしがらみに絡め取られて表現が骨抜きになってもダメやし、そのバランスというのは、取材力と人間同士の出会いにかかってくるよね。

早見 ある意味、開き直りも必要だと。

中川 うん、特に若いうちは必要やね。でも、その代わり「間違ってた、すんませーん」って言える自分もいないとあかん。ひとつひとつの出会いを大事にしながら、ちょっと思い切ってやるっていうことも表現の大事な要素やもんね。

■「部外者」として被災地に行くこと

早見 中川さんは阪神・淡路大震災を大阪のご自宅で経験されたそうですね。

中川 震度5強くらいで。地震が起きたのは午前5時46分やけど、まだ飲んでてね。水木しげるの漫画を見ながら、「どの妖怪が好きか」とか家人と話をしてた(笑)。そんな中、いきなり「ドーン!」。ダンプカーがマンションにぶつかったんちゃうか、っていう感じの衝撃で。

早見 その地震を体験した中川さんが神戸の被災地に最初に演奏をしに行ったときは、当事者としてですか? それとも「よそ者」として?

中川 「よそ者」として行ったね。俺が住んでいるのは大阪府北部やねんけど、街が停電になったり、家の中の物が倒れたりはしたけれど、家が全壊するとかそういう状況ではなかった。テレビを通じて、神戸の惨状を目の当たりにしてるから、いわゆる「当事者」という意識ではなかったね。

阪神・淡路大震災の後、被災地で演奏活動を続けた中川氏(右)。絵本を通じて震災について触れた早見氏阪神・淡路大震災の後、被災地で演奏活動を続けた中川氏(右)。絵本を通じて震災について触れた早見氏

早見 じゃあ、まさに「部外者」として、楽器を持って被災地に行くときって、恐怖心はなかったんですか?

中川 あったよ。「こんな大変なときに、なんや」って言われるんじゃないか、とか。だから、行く前にメンバー6人でいろいろ話し合った。そしたら、言い出しっぺのメンバーの伊丹英子が、最初にこう言った。後から、よく彼女はそこに気づいたなと思うねんけど。

「たぶん、避難所という場所は、年寄りや障害者、子どもとか低所得層とか、そういう人らが取り残されていくと思う。私ら、せっかく民謡とか下手くそでもできるねんから、そういうとこにお茶とお茶菓子を持って行って、おじいちゃん、おばあちゃん、子どもらと歌遊びをしに行かへん?」。

当時、ちょうどメンバーみんなが、沖縄民謡、朝鮮民謡、アイヌ民謡といった、日本列島周縁のトラディショナル・ミュージックにハマっている頃でね。だから、俺は三線も持ってた。

被災地に行くと決まったら、1月25日頃からずっと練習の日々で。それと並行して、伊丹英子がいろんなボランティア団体に電話をし始める。「ソウル・フラワー・ユニオンっていうロックバンドなんですけど、音響機材なしで小さい音で民謡もできます。避難所の人たち、特にお年寄りに娯楽が必要な時期が来たら連絡をください」という形でね。

俺は、演奏しにいくのは早くて2、3ヵ月後やろなあと思ってたら、半月もたたないうちに「是非来てほしい」っていう、電話がじゃんじゃん入ってきた。初めて被災地の避難所で演奏したのが2月10日やねんけど、選曲には気を遣ったよ。神戸は在日コリアンが多いから朝鮮民謡は入れようとか、尼崎辺りには戦前に奄美、沖縄から来ている人が多いから、沖縄民謡は絶対入れておこうとかね。

早見 それがぜんぶハマった感じなんですか。

中川 ハマったね。初日は、2000人ぐらいが避難してた西灘の駅のそばの青陽東養護学校に行って、演奏するときには2、300人いたと思うけど、めちゃくちゃ盛り上がってね。

演奏が終わった後に、あるオバちゃんが俺のとこに近づいてきて、話しかけてきた。「兄ちゃん、ありがとうなあ。私、今回の震災でな、子どもも旦那も家も全部無くして独りぼっちになってもうたんや」って言うわけ。当時28歳の俺はもう返す言葉がなくてね。

そしたらオバちゃんが、「でもな、泣きたくても泣けなかってん。めちゃ泣きたかってんけどな。あんたが歌ったな、『アリラン』でやっと思いっきり泣けたわ、ありがとうな」って言われてね。たぶん在日コリアンの人やったと思うんやけど、俺はなんて言うていいのかわからず、「オバちゃん、また来るし元気でおってな」みたいな返事をした。そしたら、そのオバちゃん、ニカッて笑って、俺の背中を思いっきり叩くわけ。「兄ちゃん、頑張りや」。バーンって、ほんま思いっきり(笑)。

俺は、そこで自分の腹づもりが固まった。帰るとき、メンバーに「この活動、続けようや」ってね。それまでは、俺らがやるのは慰問なのか、民謡を歌うだけなのか、偽善って見られるんじゃないかとか、若者特有の狭いプライドみたいなもので、考え過ぎている部分があった。けれど、すべての「意味づけ」みたいなものを、その瞬間、吹っ飛ばしてくれたんよね。あのオバちゃんにはそれ以降、会ってないけど、本当に感謝してる。

早見 すごい話ですね。僕は正直、被災したばかりの人たちが、すっと音楽で盛り上がれる感覚って、不思議に思えてしまうところがありました。でも、中川さんたちの被災地で演奏する上での姿勢や、エピソードを聞いてそれが少しわかった気がします。

◆後編記事【『かなしきデブ猫ちゃん』の作者とソウル・フラワー・ユニオンのフロントマンが語る、つらい歴史を「語り継ぐ」ということ】はこちらから。

中川 敬(なかがわ・たかし) 
1966年生まれ、兵庫県西宮市出身。ニューエスト・モデルなどのバンド活動を経て、93年にソウル・フラワー・ユニオンを結成。ロック、アイリッシュ、ソウル、ジャズ、パンク、レゲエ、民謡など、さまざまな要素を取り込み、日本の土着的グルーヴとロックンロールの、ソウル・フラワー流ミクスチャー・スタイルを確立。95年にはソウル・フラワー・モノノケ・サミットを結成し、被災地での出前慰問ライヴを開始。2011年にソロ・デビュー。ソロ、バンドともに精力的に活動を続け、今年、ソウル・フワラー・ユニオン「結成30年周年記念ツアー」を行なう。活動の詳細は公式ホームページにて。
【公式ツイッター】@soulflowerunion

早見和真(はやみ・かずまさ) 
1977年生まれ、神奈川県横浜市出身。2008年、高校野球部時代の自らの経験を基に描いた青春小説『ひゃくはち』(集英社)でデビュー。15年『イノセント・デイズ』(新潮社)で第68回日本推理作家協会賞受賞。20年『ザ・ロイヤルファミリー』(新潮社)で第33回山本周五郎賞受賞。『かなしきデブ猫ちゃん』シリーズは、18年に愛媛新聞でファーストシリーズの連載が始まり、セカンドシリーズ『マルの秘密の泉』、サードシリーズ『マルのラストダンス』と続き、いずれも絵本として出版。ファーストシリーズは集英社文庫から発売されている。22年から神戸新聞で兵庫編『マルのはじまりの鐘』の連載が始まり、今年4月からセカンドシーズンが開始。4月20日には集英社文庫から『かなしきデブ猫ちゃん マルの秘密の泉』が発売。
【公式ツイッター】@joeulittletokyo

『かなしきデブ猫ちゃん兵庫県 マルのはじまりの鐘』 
早見和真/文 かのうかりん/絵 
京阪神エルマガジン社 1980円(税込) 
吾輩(わがはい)もネコである。名前は、マル。四国の愛媛県を3度も旅したクールなハチワレ猫として有名だ。最初の記憶は松山市の捨てネコカフェ。そこでアンナという人間の女の子と会い、道後の家で一緒に暮らすようになる。アンナはオレの大親友。人間たちがオレを「かわいくない」と言ってきても、アンナは一人「マルはクールなの!」と守ってくれた。でも、ある晩、窓の外から黒いメスネコがオレに告げた。「気高き者よ。その目で広い世界を見るのです──」 ニャーーーーーン! 体の奥底に震えを感じ、オレはアンナの家を飛び出した。ある時はあの日の黒ネコを探すため、ある時は病を治す秘密の泉を探すため、そしてある時は最高のダンスを踊るため。旅の途中、オレはいろんなものを見た。大切な仲間たちとの出会いと別れ、そして恋。冒険はいつだってオレに大切なものを教えてくれる。「もっと広い世界を見てみたい」。乗り込んだ船が向かった先は兵庫県。そこには5つの国があるという。きっと胸躍る体験が待っているに違いない──。 愛媛新聞と神戸新聞をまたにかけた、地方紙史上かつてない壮大なプロジェクトがここに始動。デブ猫マルの愛と哀しみの物語、ついに開幕! 
【公式ツイッター】@debunekocyan