『週刊プレイボーイ』でコラム「呂布カルマのフリースタイル人生論」を連載している呂布カルマ 『週刊プレイボーイ』でコラム「呂布カルマのフリースタイル人生論」を連載している呂布カルマ
ラッパーとしてはもとより、グラビアディガー、テレビのコメンテーターなど、多岐にわたって異彩を放っている呂布(りょふ)カルマ。『週刊プレイボーイ』の連載コラム「呂布カルマのフリースタイル人生論」では「年末年始」について語った。

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★今週のひと言「初めての滝行体験も。呂布カルマと年末年始」

1月7日生まれの俺にとって、年越しから誕生日までの1週間はなんとなく消化試合というか、モラトリアム期間というか、どうせなら元旦に生まれたかったぐらいなのだが、無事誕生日を迎え、41歳になるとともにいよいよ2024年が始まったという感じだ。

しかし、今年は元日から日本は能登半島地震に見舞われ、心の底からあけましておめでとうございますとは言いづらいような、暗澹(あんたん)としたお正月になってしまったのは読者にも共通しているところだろう。

そのタイミングに重なったというわけではないが、41歳(数えで42歳)になる俺は、今年が本厄となる。そういったことに疎い俺は、去年は前厄だったわけだが、まったく自覚しないまま一年を過ごしてしまった。昨年末、地元名古屋のテレビ局CBCから元日放送の番組で厄払いツアーを持ちかけられたことでやっと自覚したほどだ。

その企画でいえば、CBCも人が悪い。突然「呂布さん、滝行とか興味ありますか?」というオファーが来た。滝行に興味のない男など存在しない。やるかどうかは別にして、だ。しかも、女子アナと一緒のロケだというではないか。当然興味があると答えた俺は、厄払いと称して山全体がご神体となる三重県の白瀧大明神で滝行を体験することとなった。もう引き返せない。

昨年12月某日、早朝。約束されていた女子アナは体調不良で来られなくなり、代役の男性アナウンサー(!!!)と三重県鳥羽市の山中へ。

水温2℃。サウナの後でさえ水風呂に入れない俺が、ふんどしに鉢巻き姿で決死の思いで滝を浴びた。

20~30秒で何も考えられなくなり、気を失いそうになってエスケープ。それを3度繰り返させられ、心の底から漏れた「ありがとうございます」は単純にやっと許されたことに対する感謝だった。

説明によると、邪念や欲、厄などが滝によって清められ流されるというのだが、行者から流れ出したその成分は滝を伝い三重の伊勢湾に流れ込むのだろうか。そんな質問をぶつけたところ、そういう直接的なことではないらしいというが、ふに落ちない。

おそらく、伊勢湾は数多(あまた)の行者からにじみ出たさまざまな邪(よこしま)な成分でよどみ、それらを栄養として育った伊勢エビを代表とする海産物をわれわれが食べることで、また知らない誰かの邪念を体内に再び取り込み、脈々と愚かな営みはつながっていくのだ。知らんけど。

話は変わるが、年越しは渋谷で、1973年に故内田裕也氏が立ち上げ、氏亡き今も続く年越しイベント「New Year Rock Festival」に出演。リハーサル終了後、ロック界の大ベテランからZeebraさん、瓜田純士氏なんかと一緒に大晦日の渋谷の中心を練り歩き、「New...」の告知をしたのだが、名古屋から家族も呼んでいたので、小学3年生の娘も一緒に連れていった。名古屋に暮らす娘にしてみたら嘘みたいな光景だったはずだ。

元日はすぐに名古屋に帰ったのだが、その途中で地震に見舞われ、震源地から遠く離れた名古屋でも俺が乗っていた地下鉄が止まったりした。

冒頭で触れた年越しから誕生日までのモラトリアムを、俺は割とのんびり地元で過ごせた。だが、いまだ地震の被災地では避難生活を余儀なくされている人が大勢いるし、政界や芸能界では巨大スキャンダルが噴出し、全体が右往左往揺れ続けている。

ひと足先に厄を払った俺はそれらに左右されることなく、今年も自分の道を真っすぐブレずに進むだけだ。