『週プレ』復活シリーズ、JC『キン肉マン』43巻をおぎぬまXがレビュー!!
正義超人と悪魔超人の連合軍(ドリームリーグ)VS完璧・無量大数軍(パーフェクト・ラージナンバーズ)の激戦! この巻では生き残った3名の悪魔超人が活躍する「悪魔のショータイム」が存分に楽しめます!!
●キン肉マン43巻
レビュー投稿者名 おぎぬまX
★★★★★ 星5つ中の5
●ジャック・チー戦は予測不可能な試合の真骨頂!
前巻から引き続き、階段ピラミッドリングの第3ステップ、ジャック・チーVSブラックホールの闘いになるので、まずは前巻のクライマックスに軽く触れておきたいと思います。
連合軍の中で唯一の連戦となったブラックホールでしたが、ジャック・チー相手に得意の四次元殺法はほぼ完封されてしまいます。決定打を与えることもできず、ただひたすら追い詰められていき、切り札として残していた「至高の(エクストリーム)ブラックホール」も難なく耐えられてしまい...というのが前巻のラストです。
今回の闘いで異色だと思ったのは、キン肉マン以外のキャラクターが連戦していることでした。キン肉マンは主人公というのもあって「7人の悪魔超人編」のミートくん救出や、「キン肉星王位争奪編」での団体戦だったり、過去けっこう連戦が見られたのですが、キン肉マン以外のキャラクターがダメージ描写も引き継いだ形で連戦する、というのは珍しいパターンですね。
ダルメシマン戦で負った傷跡が、全身に痛々しく残る...
主人公以外の超人が傷だらけの状態で連戦をすることになったので、多くの読者からしてみれば、もう負けが見えている試合だと感じたことでしょう。前試合のダメージもあるし、相手の実力こそ未知数ですが、完璧超人という一点だけでも苦戦を強いられたダルメシマンと同等以上の強さを持っているのは確実なわけです。
実際、ブラックホールの四次元殺法はことごとく封殺されて、切り札も通用しないとなると、あまりにも一方的な試合展開が逆に不気味に感じたのではないでしょうか? もっと言うと、なぜこの試合がマッチメイクされたのか、不思議に思った方もいたはずです。その理由は、この後にわかるわけですが、実はブラックホール本人も知らない間に逆転の布石(ふせき)が整っていたんですね。そのきっかけは、カバーイラストにもデカデカと載っていますが、タッグパートナー・ペンタゴンのささやきでした。
それはまさに、この新シリーズが予測不可能なことを象徴するような超展開で、ここまでも悪魔超人軍が電撃復帰するなどのサプライズはあったのですが、まさか試合中にまで乱入があるなんて...そんなの絶対に予想できるわけがないですよ!
つまり、ジャック・チー戦の主役はペンタゴンだったんです。連合軍(ドリームリーグ)が結成されたあたりから、ゆで先生の中では構想があったのかもしれませんが、恐るべき策士と言わざるを得ません。その圧倒的なストーリーテリングに脱帽してしまいました...!
観客やキン肉マンをはじめ、誰も気付いていない中でリングに倒れ伏す悪魔に、四次元空間のひずみから天使がささやくというのも皮肉が効いていますよね。しかも、悪魔のブラックホールすら躊躇(ちゅうちょ)するほどの禁断の技を、天使がけしかけるという構図も非常に美しいです!
吸引されたシルエットの正体はペンタゴン! 悪魔のような天使のささやきに...?
そもそも、ペンタゴンは「正義超人の中では実力者ではあるけれど、アイドル超人には届かず、カナディアンマンやスペシャルマンともちょっと違う」といった、絶妙な立ち位置のキャラクターでした。それでも久しぶりの登場にも関わらず、思わず笑ってしまうくらいに強かった。本巻収録「疾風怒濤の空中殺法!!の巻」はまさにペンタゴンのためだけの回で、あれだけブラックホールを苦しめたジャック・チーをひたすら圧倒する展開は痛快の極みです。
縦横無尽に宙を舞い、怒涛の攻撃でジャック・チーを圧倒!
ここで少し作家的な目線で語ると、『キン肉マン』という作品の凄みのひとつが「奇想」、つまりアイデアにあると思っています。後続の漫画家たちが強い影響を受けてしまうような、設定、展開の数々。突き詰めると、誰も考えたことのないようなアイデアを生み出すのが抜群に上手いのです! そのひとつが「四次元エレメント交差」で、まだこんなやり方があったのか、と思わず唸ってしまいました。
のちにインタビューなどでも語られていますが、このブラックホールが裏返ったらペンタゴンが出てくる、という素晴らしいアイデアは、ゆでたまご先生が「靴下を脱いだときに思いついた」そうです。
脱いだ靴下から着想を得たというこの場面。作画担当・中井先生の表現力も必見
僕も漫画家、作家として日々面白いことを考えているという自負がありますが、サブスクなども発展した現代は、漫画や映画など名作に触れられる機会が山のようにあるわけです。多くの作家さんもそうやって色んなものをインプットしていると思うのですが...本当に大切なことは目の前にあるものです。「靴下を脱ぐ」という、この世の誰もが何千回、いや何万回とやってきた日常的な動作なのに、そこに「四次元エレメント交差」のアイデアを閃(ひらめ)くチャンスがあったことにひとりも気付けなかった。
こういったゆでたまご先生の奇抜なアイデアは、ファンの間では親しみを持って「ゆで理論」などと呼ばれています。一見すると「天然」のような発想だと決めつけてしまいそうですが、そこにはちゃんとしたロジックがあって、デビューから何十年もの間、鍛え上げた観察眼、そして日常生活に映る全ての現象を創作に転換するための情熱があるのだと思います。
アイデアを生み出すために本当に大切なことは、サブスクでカルト的な映画を大量に観るとか、誰も行ったことのない場所に行くとかではなく、ありふれた日常を見つめ続け、そこに埋もれていた財宝を探し当てることができるか...ということなのではないでしょうか。
さて、改めてペンタゴンの登場に話を戻しますが、もしここで登場したのがティーパックマンとかだったら、下剋上が過ぎるというか、さすがに「おいおい...」となると思うんです。
でもペンタゴンは、本編での出番こそ少ないものの、正義超人の中では一定の実力は認められていて、四次元殺法コンビとしても人気の高いキャラクターですし、不思議な魅力がある。急に出てきて完璧・無量大数軍(パーフェクト・ラージナンバーズ)をボッコボコにしても、ペンタゴンならギリギリ許される、という絶妙な印象があります。
最後は再びブラックホールが登場し、フォーディメンションキルで決着がつくわけですが、素直に敗北を認めたジャック・チーの潔(いさぎよ)さも良かったですね。前回のコラムでも軽く触れましたが、蛇口をモチーフにしたデザインは、もし超人オリンピックに出ていたら予選落ちしそうなコンセプトですよね。
でも、真剣に描いたら本当にカッコよくて、「我輩」という一人称や変わったギミックもあるのに佇(たたず)まいは達人のようで、かなりお気に入りの超人です。ペンタゴンの奇襲で敗北こそしたものの、それまではブラックホールを圧倒し続けていましたし、彼のプロフェッショナル感がたまりませんでしたね。
敗北を認め、潔く自害したジャック・チー。死してなお笑みを浮かべる、男らしさよ...!
●タッグマッチでこそ輝くスプリングマン!
ブラックホールの勝利で勢いづく悪魔超人軍ですが、リングの崩壊によって急遽、バッファローマン・スプリングマン組VSグリムリパー・ターボメン組のタッグマッチが組まれることになります。そのままやると7試合が行なわれる予定ですが、シングルマッチ7連戦となると、読者も食傷気味になりかねません。
この点にも、ゆでたまご先生の秀逸なストーリーテリングが見られて、予告なしにタッグマッチを挟むことで、ともすれば中弛(だる)みしてしまいそうな連戦を、さらに盛り上げる一因となりました。まさしく、人を楽しませる達人、ここにありです。
さらに、ここで登場したのが、往年のファンに印象深いバッファローマンとスプリングマンのタッグ、ディアボロス。もともとは、スプリングマンとグリムリパーが闘う予定だったのですが、読者は正直不安だったと思うんです。スプリングマン単体ではどうしても、あの不気味な存在感を放つ死神に勝てるイメージが沸かない...。しかし、バッファローマンとタッグを組むことで印象がガラリと変わります。
互いの長所を生かし、巧みな連携を見せるディアボロス。1+1は2じゃない、200だ!
実際の試合でも、スプリングマンはツープラトン技をはじめとした大活躍を見せ、さらにステカセキングとの友情、空白の7年間についても語られます。7人の悪魔超人編のあと、彼はひたすら「螺旋壊体搾(らせんかいたいしぼ)り」を磨き上げることに費やしていました。
ここに新シリーズの妙があって、さきほどのペンタゴン無双しかり、旧キャラクターの活躍にオールドファンは心踊らずにはいられません。しかしそれも度が過ぎると、ここまで『キン肉マン』という作品が丁寧に築き上げてきたパワーバランスが崩壊する恐れがあります。
しかし、スプリングマンの空白の7年間がひたすらひとつの技だけを鍛え上げてきたという事実に、現代のキャラクターとも互角に渡り合えそう、という説得力が生まれています。
今のキャラクターをきちんと立たせつつ、過去のキャラクターの活躍もないがしろにしない。『キン肉マン』はこのバランスが本当に絶妙で、新シリーズが大成功を納めた秘訣はその点と言っても過言ではないかと思っています。
ステカセキングの敵 (かたき)を取るために放った必殺の螺旋壊体搾りでしたが、ターボメンはこれまた衝撃的な破り方を遂行します。ターボチャージャーによってスプリングマンのボディを硬質化させて、バネの本来の強みである弾性を失わせてしまうのです。
バネ超人VS機械超人という対戦カードだからこそ実現した展開で、これぞ超人レスリングの醍醐味といいますか、お互いの能力を開示した上で繰り広げられる頭脳戦...。『キン肉マン』には昨今、ミステリ界で人気を博している「特殊設定ミステリ」の土台が最初から備わっているのだと思えてなりません。
そして最後には、2000万パワーズファンなら歓喜するロングホーン・トレインを、スプリングマンがあえて放つという。この展開はもう最高でした...!
かつて自分を倒した相手モンゴルマンと、相棒バッファローマンが使ったツープラトン技。たとえ「胸クソ悪い技」でも勝利のために何でも使うのが悪魔流!
この試合では、スプリングマンとバッファローマンによる凸凹コンビのディアボロスと、グリムリパーとターボメンによるエリートコンビのジョン・ドウズのどちらが強いかという面もあって、4人の中ならスプリングマンは格下だったかもしれません。
それでもタッグ・パートナーとの連携や、ステカセキングへの想いなどを重ねた結果、ターボメンと刺し違える形で試合に一区切りがつきます。スプリングマンが倒れてからも両陣営の対比が素晴らしく、バッファローマンに抱えられたスプリングマンは体をボロボロと崩しながらも遺言を残しますが、一方のグリムリパーは、事切れたターボメンをゴミクズのように扱って、体内からパーツを奪い取る。
燃え尽きたスプリングマンの最後を看取るバッファローマン。涙なしには見られません...!
これがもし映画なら、スプリングマンの最期を映しながらスタッフロールが流れ、スタンディングオベーションと共に終幕といったところなのですが...なんとこの試合、これまでが前哨戦とでも言わんばかりに、ここからバッファローマンとグリムリパーの一騎打ちへと続くのです。怒りに燃えるバッファローマンと、"下等超人"に興味津々のグリムリパー。その衝撃の結末は、次巻で明かされます...!
●こんな見どころにも注目!
拷問の如き過酷な特訓に励むスプリングマンと、その様子を陰ながら見守るステカセキング
スプリングマンの回想で描かれていた修業中の場面で、スプリングマンがまるで拷問のように螺旋壊体搾りを鍛え続けているシーンがなんとも言えないですよね。ステカセキングが妙にかわいらしく見えるのが面白くて。7人の悪魔超人たちが腕立て伏せをしているシーンも「12225、12226...」とカウント数が破茶滅茶な数字ですし、悪魔超人軍は体育会系なんだなあ、と思わず笑ってしまいました。
新シリーズの『キン肉マン』は、時代背景こそ1980年代後半ですが、今だからこそ描けるテーマなどの新しいものも取り入れられています。でも、たまにこういったザ・昭和といったシーンがあるのがいいですよね。
おぎぬまX(OGINUMA X)
1988年生まれ、東京都町田市出身。漫画家、小説家。2019年第91回赤塚賞にて同賞29年ぶりとなる最高賞「入選」を獲得。21年『ジャンプSQ.』2月号より『謎尾解美の爆裂推理!!』を連載。小説家としての顔も持ち、『地下芸人』(集英社)が好評発売中。『キン肉マン』に関しては超人募集への応募超人が採用(JC67巻収録第263話)された経験も持つ筋金入りのファン。原作者として参加している『笑うネメシス―貴方だけの復讐―』が『漫画アクション』(双葉社)にて連載中。ミステリ小説シリーズ『キン肉マン 四次元殺法殺人事件』、『キン肉マン 悪魔超人熱海旅行殺人事件』が好評発売中