吃音ラジオで当事者の声を発信中の遠藤百合加さん 吃音ラジオで当事者の声を発信中の遠藤百合加さん

福山雅治主演の月9ドラマ『ラヴソング』に登場し、あらためて認知される機会を得た「吃音(きつおん)症」。

前編記事(「“吃音ドクター”が明かす、見えない障害のリアル」参照)ではドラマの監修者のひとり、菊池良和よしかず)医師に同症の基礎知識について伺ったが、前回の中編(「実は女性にはレアケース…“隠れ吃音症”当事者のリアル」)に続き、当事者である吃音女性たちの声を通して、その現実と向かい合ってみたい。

同作では、吃音当事者の姿を極めて忠実に再現したヒロイン役・藤原さくらの演技も印象的だが、実は吃音を持つ女性はレアケースなのだとか。

菊池医師によると、言語発達の盛んな2~4歳頃に発症する場合が多いが、発症から3年で男児は6割、女児で8割の子供が回復。女児のほうの言語能力が高いた め、吃音を発症した後も回復しやすいためだと考えられている。その結果、成人当事者の男女比も4:1ほどと性差が顕著(けんちょ)なのだという。

前述の河合葵(あおい)さん(22歳・仮名)は、「言い換え」することによって吃音を目立たせないようにしているが、そんな当事者、いわば“隠れ吃音”の人々は少なくない。吃音を真似されたり、イジメにあったりなどの経験を積み重ねるうちに「どもりたくない」と意識するようになり、吃音を隠すのが習慣化してしまうのだ。

現在、社会人2年目の岩田薫(かおる)さん(24歳・仮名)も、河合さん同様に言い換えをしている当事者だ。難発の症状があるというが、取材の場に現れた岩田さんは「本当に吃音なんですか?」と言いたくなるくらい、スムーズに話せるように見える。

「いや、今でも言えない言葉は言えないんですよ。でも、どもりまくりだと今の仕事を続けていられないから、職場ではオープンにしていませんし、これからもカミングアウトしないと思います。もし、あのドラマを観た人が周囲にいて『岩田さん、吃音なのかな?』と気付かれたら…と思うと正直怖いです」

小学生の時は喋り方をからかわれたこともある。学生の頃は接客のアルバイトも経験したが、4年間で1度も「いらっしゃいませ」を1回で言えなかった。就職活動ではグループ面接の会社は避けて、個人面接の会社を受けるようにして内定を獲得したのが、接客メインの現在の職場だ。

「今でも、詰まらないように言葉の順序を入れ替えたり、言えない言葉は『ねえねえ』ってつけたりして言うこともあるし、電話応対で不審に思われて、相手から何度も『もしもし? もしもし?』って聞き返されたりすることもしょっちゅうです」

それでも岩田さんは接客の仕事が好きだし、吃音ゆえに何かを諦めることは絶対にしたくないと語る。

「『あの人、かわいそう』って思われるのは嫌だし、吃音を“言い訳”にしたくない。こんな風にいうと『それはおまえの症状が軽いからそんなこと言えるんだろう』って思う人もいるかもしれません。でも、そう思われたっていい。私みたいに吃音でも、社会に出て好きな職業につけるんだって証明したい」

「吃音だけど話すのは好きなんだよ」

遠藤百合加(ゆりか)さん(20歳・大学3年生)も、また「言い換え」をする当事者のひとり。普段の大学生活では周囲に吃音のことを公表していない。

「私の場合は瞬時に言い換えるのは難しくて、ちょっと時間がかかってしまいます。例えるなら、毎回『制限時間10秒以内に即興で何かを作りなさい』って言われて頭の中がフル回転しているような感覚です」

吃音の悩みを抱え、他の当事者にも話を聞いてみたかった遠藤さんだが、そういった集会につきものの“自己紹介タイム”が怖くて、当事者が集まるリアルな場所に足を運ぶことはできなかった。

自分と同じように、当事者と交流したい気持ちはあっても、そういう場所に出て来られない人は多いのではないか…そう考えた遠藤さんは、ラジオ番組を始めることを決意。2014年、ツイッター上で呼びかけて賛同してくれたふたりの男性当事者と3人で「吃音ラジオ」を開始した。

「『吃音に悩んでいるのはひとりじゃないよ』って伝えたかった。吃音者が実際に会話しているところを聞いてもらえるコンテンツとして、ラジオは非常に有効だと思いました。それにラジオなら世界中から参加できるし、当事者だけでなく、吃音ではない人にも聞いてもらえますから」

収録は「スカイプ」上で行ない、過去の放送は動画サイト「YouTube」から視聴可能。リスナーからは毎回、共感の声が多数寄せられるという。

「中学生の頃にクラスで喋り方を真似されて、すごく悲しかった。治せるものなら治したいって切実でしたし、お小遣いで高額な教材を購入したくらい、ずっと悩んでいました。でも、吃音ラジオを通じて、話すことの楽しさを思い出せたんです。だから今は、ラジオの中では吃音全開で喋っていますよ。

『吃音だけど話すのは好きなんだよ』って知ってほしい。もちろん、私なんかが“吃音者代表”を気取るつもりはありません。あくまでもひとりの意見として、吃音者の声を聞いてほしいんです」

多くの当事者が待ち望んでいること

今回のドラマでは、吃音のヒロインを支える仲間の存在や、苦悩に寄り添い、伴走する言語聴覚士の存在が描かれたが、実際には誰にも悩みを打ち明けられず、ひとりきりで孤独を深める当事者も多い。

多くの当事者と接してきた菊池医師は、最後にこう述べる。

「これまでの歴史的経緯もあり、吃音者は誤解を受けることも多く、たくさんの人がこの症状に苦しんできました。現在でも吃音の認知度は高いとはいえず、正しい知識がないために、いわれのない差別に苦しんでいるケースも多く聞かれます。

今後、社会の理解が進み、職場や学校でも『この人の名前がどうしても発音できないので、代わりに呼び出してほしい』『代わりに電話をかけてほしい』など、吃音者がもっと気軽に『こういう風に接してほしい』『手伝ってほしい』と助けを求められる社会、吃音について当たり前のようにオープンに話せる社会を多くの当事者は待ち望んでいると思います」

これまで、彼らの苦悩は社会からあまり目を向けられることがなかった。だが、吃音ラジオのように当事者自身が発信し始めたことも事実。

見た目ではそうと知れない“見えない障害”を持つ彼らが、自分達の言葉を届けようと動き始めている今、私達も彼らの声なき声に耳を傾ける時が来ているのではないだろうか。

(取材/文 山口幸映)

●監修:菊池良和(耳鼻咽喉科医師/吃音当事者)

●取材協力:・NPO法人 全国言友会連絡協議会 廣瀬功一 HPも参照 http://zengenren.org/ 吃音がある若者のための自助サークル「うぃーすたプロジェクト」 http://we-are-stutt.jimdo.com/

●「吃音症(きつおんしょう)」とは…米国精神医学会の診断基準(DSM-5/精神疾患の分類と診断の手引)では「小児期発症流暢障害」と呼び、「神経発達障害群」に分類されている。2005年に施行された「発達障害者支援法」の中では「発達障害」に含まれ、支援の対象となっている。LD(学習障害)やADHD(注意欠如・多動性障害)などの発達障害、場面緘黙(ばめんかんもく)症等、社交不安障害(SAD)と併存する場合もある。現在でも“特効薬”や決定的な治療法は存在しない。