ヒトスジシマカ。屋外のヤブなどの周りに棲息するが、しばしば屋内にも侵入してくる。一昨年、東京・代々木公園周辺でデング熱を媒介したのもコイツだった

今年は猛暑だ。猛暑だから虫が大発生する。きっと、にっくきあいつらも大発生する……。そんな噂を聞いたが最後、体中がゾワゾワして、居ても立ってもいられない。

前回記事(「記録的猛暑でゴキブリ大量発生? 意外にグルメな謎の生態」)に続き、プーン…と、不快な音とともに人間の周囲にまとわりついてくる夏の風物詩、蚊。これもまた、猛暑による大量発生が噂されている。しかも、ただ刺されてカユいだけならまだしも、伝染病の媒介者としてもかなり有能だから困ったものだ。この夏、ヤツらは一体、どう動くのだろうか?

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2014年には史上初めてデング熱の国内感染が確認され、今年2月には南米を中心とするジカ熱の流行を受けてWHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言。8月開催のリオ五輪を一部の有力選手が辞退するほどの騒ぎになっている。

「世界で一番人を殺しているものは何か。そう、1位が蚊です。2位との差は圧倒的。あの平清盛もハマダラカが媒介するマラリアにやられたといわれています。それほど危険な生物なんですね」

そう語るのは、蚊ひと筋25年、千葉県八千代市の森の近くの研究施設で研究を続けるスペシャリスト害虫防除技術研究所の白井良和博士だ。今年の夏、蚊の大量発生はありうるんでしょうか?

「天気予報の降水確率ならぬ、蚊の大量発生確率は…ズバリ、50%というところでしょうか。条件付きですけどね。フフフ…中途半端ですかね」

いや、半端なく高いです。イチローの打率が3割4分とかですから

「今年はすでに6月にして家の中に侵入してきたので、蚊が多くなる予感がしています。これはデータも何もない、個人的な体感ですが…。蚊の繁殖には、降水量と気温が重要な要素です。降水量が多くなれば幼虫のボウフラがすめる水たまりが増え、気温が高くなれば成長するサイクルが早くなる。ですが、酷暑で35℃以上が続くと水たまりが干上がってボウフラが育ちません。一番いいのは雨や曇りの日が多いことです。

蚊の寿命は1、2ヵ月ですが、生まれてから約10日で成虫になりますし、一度交尾して精子を体内に取り込めば、産卵した後に、オスがいなくても再び体内の精子を使って受精できる。そして、血を吸ってからわずか3日後には産卵することができるんです

アカイエカは待ち伏せが得意

左上から時計回りに、茂みに生息するヒトスジシマカ、家の中に潜んで夜になると「プーン…」と不快な羽音を響かせるアカイエカ、建物の地下階などに多いチカイエカ、そして山に多いヤマトヤブカ。いずれも人間の血を吸う蚊だが、それぞれ戦略も違えば媒介する病気も違うという

蚊は高温に強く、30℃を超えても元気に活動する種もいる。さらに、一説によると地球温暖化と環境変化により蚊の数は増えているとのこと。近年、よく目にする墓場などで人間を襲う蚊の集団ーーいわゆる「大襲来」は、昔はなかった光景なんだとか

「以前、札幌の旭山記念公園でヤマトヤブカが集団で襲ってきたことがあったんですが、あれは驚異でした。まあ、ヤマトヤブカは吸血がへたくそだから、ボコボコに吸われることはありませんでしたが、その見た目の迫力といったら、番場蛮(ばんばばん)(by『侍ジャイアンツ』)が最終回で投げた分身魔球(ミラクルボール)みたいな状態ですよ(笑)」

ちなみに、日本にいる蚊は約100種類。そのうち血を吸う種が約30種類。犬や猫のみならず、カエルやヘビの血を吸う蚊もいるなど様々だが、人間の血を吸いにくる代表的な蚊は4種類だという。

「『ヒトスジシマカ』は茂みに棲息して近くを通った人を刺します。一方、『アカイエカ』は夕方に家の中に侵入し、待ち伏せをして夜に寝静まった頃に刺すという戦略家。高層マンションでもビル風の上昇気流に乗ってやって来ます。そして、『ヤマトヤブカ』は山。『チカイエカ』はその名のとおり、地下が中心という感じですね」

我々が最も警戒すべきは、ゲリラ戦のヒトスジシマカと伏兵のアカイエカ。なかでもやはり気になるのは、デング熱やジカ熱を媒介するヒトスジシマカだ。

「経卵伝達といって次世代の成虫にウイルスが持ち越されることがわかっていたので、14年に東京・代々木公園でデング熱が出たとき、『これから毎年、感染者が出るのではないか』と懸念されました。ただ、それは熱帯のシンガポールなどの話で、四季のある日本では、卵の状態で寒い半年を越える間にウイルスが死んでしまうことがわかったんです。だから昨年、日本ではデング熱の被害は出なかったんですね。

しかし当然、また海外からウイルスを持った人が入ってくれば、いつでも14年のようなことが起こりえます。特に、今年はリオ五輪がありますからね。『どうしても五輪を現地で見たい』という人を無理やり抑えることはできませんから、誰かが運んでくる可能性は十分にあります」

ジカ熱対策として、空港などでは体温検査などの水際対策がとられているが、完全に封鎖できるかどうかは未知数…というか、たぶん無理だ。つまり、病気をもらわないために気をつけることは結局、「蚊に刺されないこと」であると白井博士は言う。

「そのためには長袖・長ズボン、しかも黒ではなく白や黄色など薄い色の服を着ること。あとは月並みですが、虫除け剤の使用と、周囲にある発生源になりうる場所をなるべく除去することです。

特に、道路や庭にある『雨水枡(うすいます)と呼ばれる水たまりはボウフラの発生源としては最高の場所。また、節から遠いところで切られた竹のくぼみ、マンホールのフタの取っ手のくぼみなども危険ですし、タイヤにたまった水などは最高の生息場所です。ヒトスジシマカがイタリアに渡ったのもタイヤの貿易が原因といわれていますからね。もちろん、ヒトスジシマカの成虫の生息地となる雑草などの茂みは刈り取っておきましょう」

足がクサいO型の人間が刺されやすい?

はっきり言って、全部やるのは相当厳しい。しかも、どう対策してみても結局、人間は多少は蚊に刺されてしまう悲しい生き物なのだという。

「蚊を誘引するグッズは世の中にたくさんありますが、一番いいのは人間をひとり置いておくこと(笑)。体温や二酸化炭素、人間の水分や皮脂を目指して飛んできますからね。また、手や顔よりも足が狙われるのは、足のニオイ物質であるイソ吉草酸などの成分に誘引性があるからなんです」

足がクサい人は要注意。さらに、人間の中でも明らかに「刺されやすい体質の人」がいて、その特徴もある程度は判明しているのだという。

「血液型を調査してみると、O、B、AB、Aという順で蚊に刺されやすいのですが、その原因はわかっていません。そして、刺されたとしてもかゆくなるかどうかは、アレルギー反応なので個人差があります。ちなみに、たくさん刺されれば耐性ができますからね。僕なんか研究で刺されすぎて、もうほとんどかゆくないですね(笑)

ただ、この荒療治も時には危険です。さすがに死ぬことはないですが、一度にたくさん刺されるとアレルギーのショック症状が出て、劇症化するケースもありますから。やはり長袖・長ズボンをきっちり着用して…」

も、猛暑なんですけど…。

『週刊プレイボーイ』30号「記録的猛暑でゴキブリ&蚊が大発生!…ってマジですか!?」では、カサカサ動き回る黒い影“ゴキブリ”大量発生の噂についても解説。是非こちらもお読みください!

●害虫防除技術研究所 代表 白井良和(SHIRAI YOSHIKAZU)医学博士、有限会社モストップ取締役。約25年にわたり蚊の生態、防除を研究するスペシャリスト。蚊に関する学会発表や論文もある。著書に『蚊の対策がわかる―蚊の教科書』『蚊のチェックポイント71』がある

(取材・文/村瀬秀信 撮影/髙橋定敬)