おいしい食べ物が世の中にはあふれている。しかし、それは本当に“おいしい”のだろうか。
トータルフードプロデューサーで『やせる味覚の作り方』の著者・小倉朋子(ともこ)さんは「人々の舌が鈍っている」と警告する。そして、それに起因して太りやすくなるというのだ。
「味覚障害の人も増えていると言われています。障害とまでいかなくても、いろいろな味をおいしいと思えなくなってきているのでは。特に、甘いかしょっぱいか、旨みだけを好むような傾向があると以前から感じます」
味覚は「五味」と呼ばれる酸味、苦味、甘味、旨味、鹹味 (かんみ=塩辛い味)に分けられる。しかし、現代において世間で“おいしい”とされるものは偏っているというのだ。
「例えば、コンビニで“苦い”大ヒット商品なんてないじゃないですか。『この山菜の苦味がすごくて』とか。結局、果物とかも糖度を増して、野菜もフルーツのように甘くなっていますよね。梅干だって『酸っぱくない』という売り文句が成立してしまっていますし」
特に現代人が「おいしい」と感じにくくなっているのは酸味と苦味だ。
「外食や惣菜ばかりで素材を購入する機会がない人は、まず酸味と苦味が苦手になっていきます。そうすると、さらに甘味や塩味など濃い味を求めるようになります」
そもそも味覚は低下していくもの。年を重ねるにつれて“変化”するのではなく“鈍く”なる。
「どうしても味覚というのは年齢ごとに鈍くなるんですよ。だから自分自身で味覚をブラッシュアップしていかないと、塩分糖分過多になりやすい。自分がおいしいと思えるものしか食べなくなって、ますます味覚が偏ってしまうんです」
さらに、私たちが食べることに対して無関心になっている現状もあると小倉さんは指摘する。
「昨日、何を食べたか覚えていますか? 料理ではなくどんな食材を食べたか全部答えられる人はほとんどいませんよね。食べ物をいくらでも選べる時代なのに、簡便とか利便のほうが優先順位の上にきている気がする。食べ物で自分の命を繋げているのに、あまりにも無頓着すぎるのではないでしょうか」
脂ののった霜降り肉は本当においしい?
食べ物について意識していないと、味付けにも無頓着になる。ひとつの料理に対してどれほど調味料が使われているのか、把握できなくなってしまうからだ。
「市販の玉子焼きの多くは、スイーツに使うほどの砂糖が入っているんですよ。自炊すると比較できるからわかりますよね。でも、自炊しないとその甘い玉子焼きが当たり前で、なんの疑問も湧かなくなってしまうんです」
また、メディアのグルメ紹介も味覚を変えるきっかけになりやすい。肉でいえば、これまでA5ランクの霜降り肉が最高級とされ、数々のメディアで紹介されてきた。しかし今年2月、老舗すき焼き店が「脱・霜降り肉」を宣言し話題となったことも記憶に新しい。過剰に脂ののった霜降り肉よりもA4ランクの肉のほうが本来の旨さがあるというものだ。
「メディアのコメンテーターも脂たっぷりの霜降り肉を食べて『お肉がとけちゃう』とか『飲めるこのお肉』とか、決まり文句のように言いますよね。でも、味の方向をひとつのベクトルに決めるのでなく、もっといろいろなおいしさがあるはずなんです。味覚を狭めるんじゃなくて広げようじゃないかと思うのです。」
とろけるような柔らかい肉はおいしい。しかし硬い肉はそれはそれでおいしさがある。世間で言われる偏ったおいしさの基準をうのみにせず、自分自身がおいしいと思うものを見極めるのが大事だというのだ。
「結局、食べ物を情報で食べているんだと思います。ユーザーも情報がないと選べない。お店だって『食べログ』がないと不安で選ばないじゃないですか」
知らず知らずのうちに低下し「おいしい」と感じられなくなる味覚。すると、味の濃いものを好み、お菓子や高カロリーなものばかり食べるようになってしまう。
「結局、一食一食をなんとなく無意識に食べてしまっているから、どんな物を食べたのか、そして食べた量も把握できかねるんです。それも糖分や塩分過多になってしまった状態だから尚更、太りやすい。低下した味覚を正常に戻せば、自然と痩せられるんです」
野菜などヘルシーなものをおいしく感じられれば自然とそれらに手が伸びて、我慢をせずに糖分の多い食事や高カロリーな料理を減らせるというわけだ。
(取材・文/鯨井隆正)
●小倉朋子(おぐら・ともこ) (株)トータルフード代表取締役。フードプロデューサー、食の総合コンサルタント。亜細亜大学講師でもあり、日本箸文化協会代表。世界各国の正式なテーブルマナー、食にまつわる歴史・文化・経済などを総合的に学び、生き方を整える「食輝塾」主宰。美しく凛とした食べ方を推進すべく活動している。著書に『やせる味覚の作り方』(文響社)『美しい人は正しい食べ方を知っている』(KADOKAWA)等 http://totalfood.jp/