自身の闘病生活を赤裸々に綴った岩瀬幸代氏。「医療選択に悩む時代に、一緒に何かを変えるきっかけになればいい」と語る(撮影/葛谷舞子) 自身の闘病生活を赤裸々に綴った岩瀬幸代氏。「医療選択に悩む時代に、一緒に何かを変えるきっかけになればいい」と語る(撮影/葛谷舞子)

ある日、突然、自分や家族が難しい病と向き合うことになったら――。多くの人が迷うはずだ。この病院でいいのか、この医師でいいのか、この治療でいいのか――?

『迷走患者 <正しい治し方>はどこにある』は、スリランカの伝統医療アーユルヴェーダを長年、取材してきたライターの岩瀬幸代(さちよ)さんが原因不明の病に襲われ、西洋医療と代替医療の狭間で理想の形を求めてもがく自身の姿を赤裸々に綴(つづ)ったドキュメントだ。

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―10年間に及ぶ病気との闘いを綴られていますが、その経緯を教えていただけますか?

岩瀬 2008年の夏、スリランカから帰国して自宅でひと息ついていた時、突然、足に激痛が走ったんです。神経も筋肉も関節もあちこち痛くなり、一体、自分の身体に何が起きたのかと怖くなりました。とりあえず近所の整形外科を受診すると「年齢的な問題だから運動するように」と診断され、素直にプール通いを始めたものの余計にひどくなってしまって(苦笑)。

―その後、最終的な病名が確定するまで随分と病院を転々とされていますね。

岩瀬 スリランカで何か感染したのかもと感染症科にかかったり、一般内科、血液内科などを転々と。5軒目に訪ねた都内の総合病院で「おそらく膠原(こうげん)病」と診断されたのですが、副作用の強いステロイド治療に抵抗があり、さらに何軒かの病院を訪ねた後、今の総合病院に落ち着きました。

―その間に、病名も随分変わりました。

岩瀬 膠原病はいわば病気のグループ名なのですが、その中でシェーグレン症候群、全身性エリテマトーデス(SLE)、ミクリッツ、IgG4関連疾患、特発性形質細胞性リンパ節症(IPL)と変わっていき、最終的には「多中心性キャッスルマン病」という膠原病ではない病名になりました。

―何を信じていいかわからなくなりますね。病院をさまよう一方で、様々な代替医療も試されたんですよね?

岩瀬 アーユルヴェーダはもちろん、漢方に鍼、温泉療法、ホメオパシーまで、様々な方法を試しました。怪しいエネルギー療法では、ヘンな憑(つ)きものを“ひゅっ”ってとるんですよ。「あ、なんか出ていきました。オバQみたいなのが」って、その時は思わず言ってました(笑)。でも、だからって症状が良くなったわけじゃない。

―そんなスピリチュアルな憑きもの体験まで(苦笑)! ご自分が精通するアーユルヴェーダの効果についても疑心暗鬼されたようですが。

岩瀬 頼りにしていたスリランカのアーユルヴェーダ・リゾートで診てもらったんですが、先生とソリが合わず、村のローカルな先生のところでも期待ほどの効果は得られませんでした。アーユルヴェーダの悪魔祓いの儀式も体験しましたよ。太鼓のリズムに合わせてトランス状態になって踊るんです。抜け毛が減ったり、まぶたの腫れが引いたとか症状は少し軽くなった気がして。でもそれはもしかして、空気のいい場所でのんびり過ごしたせいかもしれません。

ストレスが爆発、自身がモンスター患者寸前に?

―そうやって、西洋医療と代替医療をさまよい続けた末、やっとひとつの病院を選びました。その決め手はなんだったんですか?

岩瀬 前の病院で処方されていた胃薬と血液サラサラ系の薬を「これは本当に必要なの?」と止めさせてくれたんです。それと抵抗の強かったステロイドについても「普通に生活できるのに、本人が望まない治療をするのはどうなんだろう?」と患者目線で考えてくれたことが大きかった。この病院なら、この先生なら頼ってもいいかなとやっと思えたんです。

―そして「取材するくらいの気持ちで」と前向きに臨んだ入院生活ですが、初っぱなから厳しい現実と向き合うことになります。

岩瀬 あんなに拒否していたけれど、様々な検査の末、結局1日55mgのステロイドの投与が必要と言われました。5mgの錠剤を11錠。1週間分の薬でパンパンになった大判の薬袋を前に心が折れそうになりました。さらに輸血、貧血改善の注射、薬もどんどん追加されて多い時は10種類、それにカルシウムを補う自己注射まで…。

―まさに薬漬けですね。そんな中でも二人三脚で治していきたいと、納得するまで先生に質問したり、「薬を減らしてほしい」と正直に気持ちを打ち明けながら治療が進みますが、実はストレスもどんどんたまっていったようですね。

岩瀬 眠れなかったり、歯が溶けそうなほど口の中が甘くなったり、心臓の鼓動は異常に大きな音を立てているように感じるし、わけのわからない副作用に悩まされ、気分も落ち込んでいった。それを打ち明けると心療内科の薬を提案され、なんでも薬で解決しようとすることにがっかりしました。

太陽の光も浴びず、身体もまともに動かさず、管理され過ぎた環境が息苦しくて、なぜ症状が違うのにみんな同じような食事なのかとか、どうしてもアーユルヴェーダと比べてしまって。西洋医療への不満や違和感が募っていったんです。最後のほうは本当にストレスがマックスで精神的におかしくなっていたと思います。

―そうして人によってはモンスター患者と捉えかねられない自身の姿も生々しく本で晒(さら)されていますよね。ついに「病気が改善されないなら、私、出ていきます」と先生に爆発する。

岩瀬 普通は言わないですよね、あそこで(苦笑)。

―そんな岩瀬さんを見て、先生は思わず「怖い」とつぶやく。あれは、信頼関係があるからこそ言えたんでしょうか?

岩瀬 確かにあの時、私も病院着を脱いで普段の“岩瀬さん”になっていたし、先生も白衣を脱いだひとりの人間として「怖い」と正直に言った気がします。でも、さすがに不安になって、すぐに謝りに行きました(苦笑)。

むしろ、そういう積み重ねが信頼関係につながっていくのではないでしょうか。皆さんも遠慮しがちだと思うのですが、でも必要以上には遠慮しないほうがいいと思う。私はいろいろと言ったおかげで薬を減らすこともできたし、信頼関係も随分深まった。言うのは勇気がいることだし、先生がイヤな顔もせず聞いてくれる方だったので助かりましだけどね。

―病気を経験する中で代替医療に対する考えは変わりましたか?

岩瀬 初めは私の中にも西洋医療VSアーユルヴェーダ的な思想があったと思う。時間をかけて問診し、病歴や症状に合わせてテーラーメイドな治療をするアーユルヴェーダと比較して、西洋医療の悪い面ばかりが目について。

でもアーユルヴェーダに対して、治療の効果に目を向けすぎていたと思うようになりました。本来、予防と治療の両輪で成り立っているものなのに見方が偏っていたなと。施術を受けると明らかにエネルギーチャージできるので、そういうつきあい方でもいいはず。ただ別の病気で改善した経験を持つ人はたくさんいますけどね。西洋医療も代替医療も、お互いメリットやデメリットがあるし、補い合えばいいだけのことだと思うようになりました。

「いい病院ランキング」よりも、先生と合うかが大事

―今はとてもお元気そうですが、病気は治ったんでしょうか?

岩瀬 “寛解”と言われる状態で、今も1日おきにステロイドを5mg服用し、アクテムラという点滴も4週に1度打っています。一方で、主治医公認で漢方薬も飲んでいるし、アーユルヴェーダの治療を長期で受けにスリランカに行っています。

―先生公認とはすごいですね。

岩瀬 一時期、すごく風邪をひきやすくて「先生、なんとかして」と言ったら「ア、アーユル…なんだっけ? それには免疫力上げる薬ないの?」と。「たくさんあります」と言ったら、「じゃあ、それやろうよ」となって、今はむしろ興味を持ってくれている感じですね。

―そのように医師と信頼関係を築くために大切なことは?

岩瀬 できれば、この人と合わないと思ったら変えたいですよね。「いい病院ランキング」よりも、先生と合うかが大事だと思います。ただ、話してみないとわからないこともあるので、まずはある程度人間関係を築いてから、自分が思っていることを素直に口にしてみてはどうでしょう。それは普段の人付き合いと同じでは?

この本を読んでくれた別の医師も「初対面で詰め寄ったらモンスターだけど、普通の人間関係と同様に、お互い理解できる状況かどうかがモンスターとの分かれ目」と言ってました。それに、意外に医師側も患者の言葉を望んでいるらしいですよ。

―最後に、医療選択に悩む読者にメッセージをお願いします。

岩瀬 社会の現状として「私みたいな人がたくさんいるのでは?」との思いからこの本を書きました。西洋医療で治らない病気を抱えていたり、副作用の強い薬に苦しんでいる人の中には、代替医療で何かできるのでは?と悩んでいる人がきっと大勢いるはずです。

私は「自分にとっての理想の医療」を模索しながら医者と向き合い、いろんな質問もし、ぶつかることもありました。それを赤裸々に書いたこの本を皆さんはどう思うでしょう? 医療選択に悩む時代に、一緒に何かを変えるきっかけになればと思います。

★岩瀬さんが現在の医療の現場と患者たちの苦悩をリポートする短期シリーズ連載。第1回「病院を転々としながら代替医療――“さまよう患者”たちの苦悩の日々。本当に合う医師との出会いとは…」

●岩瀬幸代(いわせ・さちよ) 海外旅行ライターとして20年以上に渡り、主に雑誌で活躍。その間に40数ヵ国、100回を超える渡航を繰り返す。スリランカに惚れ込み、通うこと44回。2004年のスマトラ島沖地震の津波で同国が被災した際は、100人の旅行者とボランティアに訪れた「スリランカ応援友情プログラム」で話題を呼んだ。07年、スリランカ大統領賞(外国人ジャーナリスト部門)受賞。最新刊『アユボワン! スリランカ ゆるり、南の島国へ』 (知恵の森文庫)

■『迷走患者――〈正しい治し方〉はどこにある』(春秋社、1944円) アーユルヴェーダを取材し続けてきた旅行ライターが、原因不明の病気にかかり、ステロイド治療を受けることに。ステロイドと副作用に翻弄される日々に疑問を感じ、代替医療に光を見いだそうとするが……。自分らしい医療選択とは何か。健康とは何か。インフォームドコンセント時代のヒントがつまったノンフィクション

(取材・文/週プレNEWS編集部)