様々な医療ミスが報道され、医者が患者に訴えられることも珍しくない昨今ーー不信感を募らせた患者たちは「いい病院」「腕のいい医者」を求めて右往左往する。
「患者さんと医者の間の溝はどんどん深まっているように感じる」と語る形成外科医で医学博士の北條元治氏は、著書『病気を引き寄せる患者には理由がある。』で、その溝を埋めるための方法を医師の立場から本音で綴る。
「評価の良い医療機関や医師が必ずしも誰もに合うとは限らない」という北條氏が明かす、あふれる情報を見分け上手に病院を使うコツとは? 果たして医者と患者の間の溝は本当に埋まるのか?
そこで、自らが原因不明の病で医療選択に翻弄された経験を持つ『迷走患者 <正しい治し方>はどこにある』著者の岩瀬幸代氏が、北條氏を直撃! 前編に続き、医師と患者、それぞれの立場から本音がぶつかり合う―。
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岩瀬 ただ、私は元々、アーユルヴェーダなど代替医療や伝統医療のことを伝えてきたので思うんですけれど、サイエンスというところで比べること自体にすごく無理を感じる時があって。考え方はわかるけど、でもやっぱり目に見えないものに助けられたり、数字にならないものに助けられることがすごくある。
だからそこまで否定されちゃうと、じゃあ希望をなくした患者は何に頼ればいいのか、その希望があるがゆえに回復していく軌道に乗ることもあるので、そこは否定しないでという思いがあるんです。でも、サイエンスだけで区切ってしまう医師もたくさんいらっしゃるので。
北條 全否定しているわけじゃないんですよ。ただ、元々の医学教育そのものがサイエンスなので。医学部の論文なんて、サイエンスの権化みたいなものですから(笑)。論文を書いたことのない医者なんていないですし、その過程でどっぷりサイエンスの思考になりますよね。
岩瀬 今までもいろんな医師と話してきたので、難しいというのはすごくわかります。でも『迷走患者』という私の本を読んだ方から、自分も同じ思いをしましたというお便りをよくいただくんですけど、鍼(はり)をやってみたい、漢方をやってみたいと医師に言っても、聞く耳も持ってもらえなかったと。
それでなんとかならないもんでしょうかねというメールをくれるんだけれど、できることならそれらも含めて医師と話し合い、じゃあどうやって進んでいこうかという、いわば統合医療的な考えというのがもっと普通に行なわれるようになったらすごくそれが理想だし、医療不信も起きようがない。一緒に同じ方向を向いて進んでいく関係になったらいいなという思いはすごくあるんです。
北條 でも感情、感覚、思いというのは徹底的に排除するのがサイエンスですから。あとよく、“ゴッドハンド”と呼ばれる人がいるんですけど、基本的に再現性のない手術ってサイエンスになりませんから。“あの人しかできない手術”というのは、サイエンスではないんです。
岩瀬 私自身も難病を持っているんですが、確定診断がつくまで5年かかりました。ドクターショッピングもし、セカンドオピニオンも受け、病院も変わり、不要な検査も受け、必要のない薬も飲み、どっぷり医療不信でした。病名もころころ変わって、診断がつかないのに30ミリ、40ミリのステロイドを勧められて。副作用の強い薬をすぐに受け入れる気にはなれなくて、それで温泉療法やアーユルヴェーダやいろんなものを試しました。
最終的には納得のいく医師に巡り会えたので、自分が信じているものも話し、理解してもらってステロイドや化学療法と同時に漢方もアーユルヴェーダも続けています。西洋医療と代替医療のどちらの限界も効果も知って、やはり医師と話し合いながら統合医療的に進んで行けるのはすごく理想的に思えます。
北條 でも病名にしても、患者と医者では捉え方にずれがあるものなんです。病気がぼやーっとそこにあるのはわかるんだけど、確信的に見えるものではないんですね。例えば、同じ乳がんや皮膚がんでもいろんな顔があって、違う病気と言ってもいいぐらいのものもあるから、定義づけそのものが厄介なんです。
医学でわかっていることは全体の1割程度
岩瀬 患者が考えている以上に曖昧(あいまい)なものなんですね。
北條 私の本にも書いてますけど、医学でわかっていることって全体の1割程度でしかないですから。
岩瀬 でも科学なんですよね。
北條 科学なんです。元々、医学が発達したヨーロッパの唯物論を土台に、物質はすべて人間がコントロールできるんだっていうところで発達してきたし、人体もすべて人間がコントロールできるというのが根本になっているので。精神科学でも、神様の声が聞こえるとか、それも科学で解明しようとしていますよね。
岩瀬 そこに再現性はあるんですか?
北條 統合失調症では、幻聴の症状に合致したらこの薬っていうことで記述されているし、この薬で改善するというのがわかっているから再現性もあります。
岩瀬 もしかしたら、悪魔祓いをやれば薬を飲まなくても済むかもしれないのに(笑)。
北條 実はそういう事例についても科学でわかっているので、“病は気から”もサイエンスに取り込もうとしています。プラシーボ効果も実際にあって、経験談ですけど、術後の患者さんが鎮痛剤を極量まで出しても痛がっていたため、蒸留水を「痛いけどすごく効きますよ」と言って注射したら、すごく効いたということもありましたね。
岩瀬 そういうのもサイエンスで検証しているわけですね。
北條 してますよ。現場では、サイエンスとしての見方だけでは、やはり限界があるというのも感じているんですよね。アーユルヴェーダとか漢方、水素水にハマっていった医師もいますし。そういう気持ちもわかりますけど。サイエンスの疑問点を提示したら、烈火のごとく怒る医者もいますが、そういう人でさえ、人間の体も物質だとする二元論の考え方がなんかおかしいって思っているんです。ただ自分が信じてきたことなので激怒する。
岩瀬 そうすると、やはり患者としては合う医者を見つけるしかないということですね。
北條 見つかった人は幸福なんでしょうけれども、たぶん合う医者を見つけられる人はそんなにいないかなぁ…。たぶん結婚と同じですよ(笑)。本当にいい夫婦になれる人って、なかなかねぇ。
岩瀬 まれですよね、たぶん(笑)。じゃあ、その他大勢のカップルみたいな、医者と患者の組み合わせの場合はどうすればいいんですかね。
北條 どのような人に会おうと自分の人生なので、変な医者にカップリングされたから相手を怒るとか、自分の人生をめちゃめちゃにされたとか、そういうふうに考えることも私自身はイヤなんですよ。どういう医者、どういう女性に会おうと、現状の責任転嫁をしたくない。自分の人生を生きたいなと思いますね。
医者は成功率を低めに、余命を短めに言う
岩瀬 私も自分が決めたことなんだから後悔とかいう問題じゃないと思ってるほうなんですけど、でもそう思えない人が大多数だと思うんです。
北條 例えば、私がガンになって何かの治療で医療過誤があったとしても文句は言わない…まぁ実際になったらわからないですけど(笑)、そういう覚悟で医療を決断しようって思います。
岩瀬 ある程度、信頼を置いた医者だったら、間違いを犯しても許せる部分もあるかなと思いますね。
北條 だから本当に岩瀬さんはすごく成功事例だと思うんですけど、一般的には難しいですよね。
岩瀬 そういう時にはこの先生の本を読んで(笑)、“医師&病院選びのチェックポイント”と“医者といい関係を築くための12ヶ条”も書いてありますから、参考にすればいいですね。
北條 本当は、「この本を手に取った時点であなたの人生はすでに終わっている。自分の人生を決めるのに、なぜ人の意見を聞くんだ」って、激しい本にしようかと思ったんですけど(笑)。
岩瀬 じゃあ、人の意見なんて聞くなと。
北條 それは極端な話ですけどね。人のアドバイスを聞かないことと、自分で決定することは全然違うから。つまり、医者のアドバイスは聞けばいいけど、従う必要はないと。でも、なかなか医療の現場っていうと難しいんですけどね。
岩瀬 まあ、医者側もね、なんでこの患者はアドバイスを聞かないんだって思う人もいるだろうし。
北條 とんちんかんなことを言う患者って時々いるんでね。
岩瀬 そうなんだと思います。逆に、言いたくても言えない患者っていうのもたくさんもいるはずなので。だから、理想はわかってもたどり着くことがなかなか難しくて。じゃあ、どうすればっていうことになると、患者側にも医者側にも意識改革が必要だなっていうのはすごく思いますね。
ちなみに、先生の本の中に「へえ~」と思うことが他にもありましたが、印象的だったのは医者の言葉が控えめって書かれていて。患者に対して外科手術の成功率は低めに言い、余命は短めに言うとか。あれは本当ですか?
北條 それはもう当然ですよね。
岩瀬 期待させないように?
北條 期待させない、絶対させない。その傾向はものすごくあると思いますよ。
医者だけが知っている素敵な治療法は存在しない
岩瀬 半々と言ったら成功するという感じですか?
北條 そうですね。たぶんうまくいくんじゃないかなという思いでしょうね。すごく厳しいやつだったら、絶対に厳しいこと言いますね。楽観論を言う医者なんて聞いたことないです。
岩瀬 それは外科に限らず、内科の治療法においても?
北條 ええ。絶対にこれで治りますよって思っていても言わない。ちょっと試してみましょうとか、そんな感じで。
岩瀬 それから、教授の外科手術の腕はそんなでもないという話もありましたね。
北條 正直、僕が患者なら年を取った人にはあまりやってほしくない。やっぱり40中盤から50中盤ぐらいの年齢がいいですよね。あと、医者だけが知っている素敵なお医者さん、素敵な治療法があると思われて、よく聞かれるんだけどそんなのは存在しないし、あったとしたら医者の平均寿命が延びてますよって話も書いてます。むしろ、平均より短いし。そんなのがないことの証明な気はしますけどね。
岩瀬 でも、医者だからこそ危険を排除することはできますよね?
北條 まぁ明らかに落ちる飛行機に、これに乗るのはやめなさいということは言えても、ほとんどはわかんないなというのが本音ですね。事前にリスクを排除できる要因って、すごく単純で、ダメだなあと思ったらダメでいいんじゃないかなと。この病院汚いなとか、ナースと受付が不親切だったとか。
岩瀬 そういうのって結構大事な気がします。引きずるんですよね、第一印象って。では最後にもうひとつ、自分がもし打つ手がないと言われたらすぐに緩和ケアに行くと書いてありましたけど、絶対に他のものは探さないですか?
北條 絶対に探さないです。速攻、緩和ケアに行きます。それはもう、その時にならないとわからないではなくて、もう絶対に探さないです。民間医療とか伝統医療って、例えば精神的な安定感を得られるのであれば、やるかもしれないけれど、そこに助かるかもしれないという浅はかな希望を抱くことはないですね。
岩瀬 自分の信じてきた道と違いますもんね。
北條 そうですね。だからって神様がいないとか、死後の世界がないとか、そういうことではないですよ。自分の好きにさせて、みたいなところはあって。それも自分が決めることですから。
岩瀬 それぞれに信じた道があれば、これでいいんだと思えれば、それでいいんですよね。
北條 自分の人生を生きていってください、ということが全てで。本に書いているのも、結局はそこですね。
岩瀬 ありがとうございました。
■『病気を引き寄せる患者には理由がある。医者だから教えられる、病院を上手に使うコツ』(イースト・プレス)1404円 「がん放置」は信用できる? 「医者言葉」に隠された成功率とは? 医者は自分の「実績」のためにやらなくてもいい手術を行なう? そんな不安を解消してくれる一冊。最高の診療を受けるための、本当の医者とのつき合い方とは?
●北條元治(ほうじょう・もとはる) 医学博士、東海大学医学部外科学形成外科学非常勤講師、RDクリニック顧問、株式会社セルバンク代表取締役。著書に『医者が自分の家族だけにすすめること』(祥伝社)『保湿とUVケアだけが美肌を作る』(青志社)『びっくりするほどiPS細胞がわかる本』(ソフトバンク クリエイティブ)など多数
●岩瀬幸代(いわせ・さちよ) スリランカの伝統医療、アーユルヴェーダを取材し続けるライター。関連書5作を出版。『迷走患者――<正しい治し方>はどこにある』(春秋社)は、本人が難病にかかり、西洋医療と代替医療のはざまで悩みつつ理想の医療を見出していく、笑って泣ける社会派ノンフィクション
(構成・文/岩瀬幸代)