近年、若い世代から再び注目されている銭湯。湯船に浸かって体を洗う場所ではあるが、一方で地域住民によるコミュニティが形成されるスポットとしても重要な役割を果たしている。
今回は、東京・高円寺で「小杉湯」というユニークな銭湯を営む平松佑介さん(38歳)と、銭湯×シェアハウスを舞台にした小説で重版を重ねる『メゾン刻の湯』の著者・小野美由紀さん(32歳)が銭湯の魅力について対談。ホットなお湯並みの熱々トークを展開してくれた。
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平松 小野さんは、なぜ銭湯を舞台にした作品を書こうと思ったんですか?
小野 実家は西荻窪なんですが、子供の頃は銭湯に行く機会がなかったんですよ。でも、25歳でフリーライターになったのを機に代々木八幡で家賃4万5千円の風呂なしアパートに引っ越しました。近くに八幡湯っていう銭湯があって、毎日そこに通っていたら居心地のよさにすっかりハマっちゃって(笑)。
平松 ああ、ご自身の体験を踏まえた小説なんですね。
小野 はい。独立したてで仕事もお金もないから、風呂なしの安い物件を借りて銭湯に通おうと思って。1週間、誰とも喋らないことも結構あった時期で寂しかったんですけど、銭湯に行くと子供からお年寄りまでいろんな人がいて、しかもどんなバックグラウンドを持っていても裸になっちゃえば一緒じゃんって。
平松 銭湯が社会との接点だった。
小野 まさにそうです。小説にも出てくるエピソードなんですが、脱衣場でお婆ちゃんのウンコを踏んじゃったことがあったんですよ。
平松 えっ?
小野 自分でも話しててよくわからないんですけど実話で。でも、その時なぜか嬉しかったんですよ。全然、イヤじゃなかった。素足で他人のウンコを踏む経験って人生でないじゃないですか。そういう形で他者性に触れることで肉体のリアリティを感じました(笑)。
平松 無意識にそういう体験を求めていたんですかね?
小野 そういうわけじゃないんですが、銭湯での人と人との距離感がすごくいいなという発見がありました。
平松 確かに、お客さん同士の交流は見ていて面白い。銭湯にはその街を反映したコミュニティができる。うちの場合、15時半のオープンから18時までは常連さんが非常に多い。定年を迎えた悠々自適のお爺ちゃんとか、出勤前のスナックのママとか。
小野 皆さん、仲よくなるんですか?
平松 特に女性同士はよくお喋りしたりしていますね。
銭湯とシェアハウスは同じ?
■銭湯って街の人たちが触れ合う貴重な場所
平松 シェアハウスも実体験ですか?
小野 風呂なしアパートに引っ越す前は、田端の「まれびとハウス」というシェアハウスに住んでいました。6人の仲間で立ち上げたんです。起業したいとか、NPOを立ち上げたいとかそういう22、3歳の若者たちが集まって。
平松 じゃあ、そっちも体験談で。その近くに銭湯があったんですか?
小野 梅の湯という銭湯がありました。本の巻末の「ご協力」という欄に名前を入れさせていただいています。
平松 小野さんの中で銭湯とシェアハウスって同じ位置付け?
小野 小説では銭湯「刻の湯」の裏にオーナーの老人が住んでいた日本家屋があって、そこに多種多様なワケありの7人が居候しているという設定。いろいろな人がいるという意味では同じ位置付けですが、就職できないまま大学を卒業した世間知らずの主人公にとって、銭湯は街の人々(=外界)と触れ合い成長するための装置で、見ず知らずの住人たちと同居する住居は「価値観の違う人間とコミュニケーションしながら共生する」ための試練の場という感じです。
平松 なるほど。
小野 銭湯って街の人たちが触れ合う貴重な場所じゃないですか。でも、最近だんだん減りつつある。だから、主人公の男の子は刻の湯を活性化させるために落語会やお花見イベントを開いたりします。
平松 あっ、うちも洗い場を開放してライブや落語会をやってますよ。ふだん銭湯に来ない人たちが来てくれるので、そこがまた新たな交流の場になるんです。銭湯は音もよく響くハコですし(笑)。
建築も魅力のひとつ?
■「お父さん、仕事に行かないで」という次女の言葉で決断
小野 平松さんはいつ小杉湯を継いだんですか?
平松 2016年10月10日から働き始めました。
小野 銭湯の日(笑)。
平松 そうなんです(笑)。うちは昭和8年創業で84年の歴史がある。関東大震災からの復興シンボルとして宮大工が建てた銭湯は約2900軒。それが400軒まで減りましたが、小杉湯はその中の一軒なんです。
小野 私、古い建物フェチなので銭湯の破風(はふ※1)とか懸魚(げぎょ※2)とかをつい見ちゃいます。タイルが昔ながらの六角形だったりすると、「この銭湯、いいわー」ってなる(笑)。 ※1…和風建築の屋根の端に山型になった部分、またはそこに付けられた板。板の場合は装飾が施されていることも ※2…破風の下部内側、またはその左右に取り付けた飾り板。火除けのまじないとして取り付けられた
平松 小杉湯の破風屋根の下の欄間(らんま)に木彫があるんですが、あれは屋久杉の両面彫りなんですよ。
小野 最高ですね。
平松 話を戻すと、大学を卒業後に注文住宅メーカーのスウェーデンハウスに就職しました。小さい頃から周囲の人に「3代目」と呼ばれて洗脳されながら育ったので、いつかは継ぐという気持ちはありましたが、まずは外の世界を見ておこうと思って。
小野 銭湯の跡取りの方って、そういうケースが多いらしいですね。
平松 営業職で全国トップになって、次に仲間と人事・採用コンサルティング会社を起業。その事業もうまくいった。これなら、営業×コンサルタント×銭湯でそろそろ勝負できるんじゃないかと。
小野 結構、戦略的に経験を積まれたんですね。
平松 でも、決定的だったのは当時3歳だった次女に「お父さん、仕事に行かないで」と言われたこと(笑)。僕は家に帰ると両親がいる環境で育ったので、娘たちにもそうしてあげようと思ったんです。36歳の決断でした。
★後編⇒老舗ユニーク銭湯の若主人と『メゾン刻の湯』女性作家がいい湯加減で熱く語る、“セフレ”の楽しみ方
(取材・文/石原たきび 撮影/山口康仁)
■小野美由紀(おの・みゆき) 1985年生まれ 東京都出身 文筆家 慶應義塾大学文学部仏文学専攻卒業。クラウドファンディングで「原発絵本プロジェクト」を立ち上げ、絵本『ひかりのりゅう』(共著、絵本塾出版)を出版。『傷口から人生。』(幻冬舎文庫)で作家デビュー。世界一周するほどの旅好きで著書には『人生に疲れたらスペイン巡礼』(光文社新書)も。
■平松佑介(ひらまつ・ゆうすけ) 1980年生まれ 東京都出身 中央大学商学部経営学科卒業。住宅メーカー・スウェーデンハウス株式会社で営業を経験し、株式会社ウィルフォワードの創業メンバーとしてコンサルタントを経た後、小杉湯の3代目へ。
■小杉湯 営業時間:15時30分~25時45分 住所:東京都杉並区高円寺北3-32-2 電話:03-3337-6198 定休日:毎週木曜日 Twitter:@kosugiyu