どうしてもお酒をやめられない、暇さえあればお酒を口にしている──。
今、この記事を読んでいる方の中に、忘年会シーズンを待たずとも「日々をお酒にコントロールされている」「どうにかしてお酒をやめたい」と考えている方もいるのではないだろうか。
「酒をやめて、もっと有意義に日々を過ごしたい!」
この記事では、毎日そう願いつつも、土日は朝から酒を飲んでしまう20代会社員・ミウラが、漫画『セックス依存症になりました。』の監修者であり、あらゆる依存症の治療に関わる精神保健福祉士・社会福祉士、斉藤章佳(あきよし)氏へ話を聞いた。少しでもお酒をやめるヒントが見つかれば幸いである。
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──僕は、会社帰りに最寄りからひとつ前の駅で降りて、コンビニで缶チューハイを買って飲みながら帰ってしまいます。あとは、土日にひとりで食事を摂る際には、まずはビールを1杯飲んでしまう。
まだ健康問題には発展していないのですが、お酒を飲んだ後には頭がぼんやりして、寝るか動画見るか以外できなくなってしまいます。お酒をやめることでもっと有意義な時間の過ごし方ができないかと思い、今回お時間を頂きました次第です。
斉藤 ミウラさんは、お酒を飲むのをやめることで自分が何を失うのかをまず考えないといけないですね。そのような習慣的な行動は、繰り返していますよね。繰り返すということは、これは自我親和性といいますがその人にとってはメリットがあるはずなのです。
──それは、ホッとする時間とか、あとは......僕の場合、仕事が終わった時や夜眠る前の儀式になっている可能性が高いですかね。お酒を飲まないと、PCの電源を落としてもCPUだけ回っているような感覚になるんです。
斉藤 それはリセットのための飲酒ということですね。では、それに代わる「リセットするための何か」があればいいのではないでしょうか。例えば、依存症の治療では患者さんに僕は有酸素運動をお勧めすることが多いですね。
スポーツは一番いいですよ、あまり依存症の治療と関係ないと思われるかもしれないですけど。もちろん、グループセッションで様々なことを学んだり、個別のカウンセリングなども大事なのですが、運動を取り入れることもすごく大事なんです。
──やはり運動なのですね......。
斉藤 習慣を変える治療が依存症の治療なんです。既存の習慣を変えるには、何か新しい習慣を取り入れる必要があります。そして、既存の習慣に劇的な変化を与えられるのが運動なんですね。
──うーん......。
斉藤 週に1回でいいから、2時間くらい使ってジムに行くとかウォーキングするとか。プールに行くとか。おすすめですよ。
──おっしゃっていることはよくわかるのですが......ただ、運動の継続率って、とても悪いイメージがあります。
斉藤 運動が続かないということですか。
──はい。酒とか過食がなぜ続くかといえば、それは受動的にできてしまう営みだからなのかなと思いまして。対して運動は能動的な営みだからできないのではと。
斉藤 それは、運動をするための動機付けをうまく設定しないとダメですね。例えば、運動をすると体重や体脂肪が減っていきますよね、これは自己肯定感につながりモチベーションになります。
さらに、肝機能の数値も良くなっていくんですよ。これらは運動による成果なので、そのような数値による動機付けをするのはひとつです。アルコール依存症の進行度によって、動機付けの方法は異なってきますが。
──すごいロジカルな......!
斉藤 習慣を変える努力って長続きしないことが多いですよね。しかしすごくシンプルな原理・原則があるんです。それは、目的が明確であるかどうか。なぜ習慣を変えるための努力をするのか。特に男性は目的が明確でないと行動を起こせないので。なぜ痩せるのか。なぜ酒をやめるのか。これがないと、まずは始まらないんですよね。
──ということは、僕はお酒をやめたいと口では言っているけど、危機感はなかった、と。
斉藤 そうですね、これが、内科のドクターから、このままいくと肝硬変になりますよ、または肝臓癌になりますよと言われたら自分の習慣を見直しますよね。命を天秤にかける訳ですから。そういう行動に移す具体的な動機付けがあるかどうか。目的意識ですよね。変わるための理由とか、目的とか。また、やめたあとどうなりたいかのイメージの明確化も重要です。
──確かに。口ではやめたいとはいいがならも、健康診断で肝臓C判定だけどまだDとかE判定もあるから大丈夫だろ、とか思っちゃいますね。
斉藤 そうですよね、そのような習慣を変えないための無意識的な理由づけをしてしまいますよね。それを「認知の歪み」といいますが、そこが本人にとって明確にならないと次のステップには行けないです。
──なるほど。僕の「酒をやめたい」という気持ちは差し迫ったものではない、ということは今のお話を聞いて実感しました。ただ、ヘビーにはやめたくないけれど、ライトにやめたいとは思っていたのですが......
斉藤 それは、やめたくないということですね。
──あー、なるほど......。
斉藤 (来院されるアルコール依存症)患者さんも、周りがお酒で困ったから連れてこられても、本人に聞くと決まって「明日からやめます」とおっしゃいます。1日考えさせてください、と。これは「今は」やめたくない、ということなんです。
──そのような方にはどうアドバイスされるのですか? 周囲の方はやめさせたいんですよね。
斉藤 本人がやめたくなるにはどうしたら良いか、という質問ですよね。これは水を飲みたくない馬に水を飲ませる作業と同じですから、できないです。
──できない!!
斉藤 一番いいのは、気づくまで放っておくことです。これは「支援をしない」ということではなく「手を出さない支援(見守り支援)」だと考えています。手を出すことだけではなくて、「関わらない関わり」も大事な人への関わり方なんです。極端な話、アルコール依存症でいうと「じゃあ飲みたいのならもう心ゆくまで飲んでみたらどうですか」という逆説的なアプローチをするんです。
──片付けしない子供に片付けなくていいよ、って言うみたいですね......! つまり、堕ちるところまで堕ちろと。
斉藤 例えば、お酒を飲み続けて社会的損失や身体的損失を繰り返していると本人がどんどん困っていきます。それに連動して、お酒をやめたいという動機付けは徐々に高まっていきます。つまり何かを失うことで、自分の問題として考えることができるようになり、そして動機付けが高まっていくのです。
──内発性を待つしかないんですね。けれど、内発的な動機が低い状態でも、人によってやめたくなる閾値(いきち)がすごく違うなと思って。お酒が大好きな方は、肝臓を壊しても、死と天秤にかけてもお酒を飲もうとすると聞きますが、そのような方には手の施しようがない、ということなのですか?
斉藤 本人がそれ(=お酒をやめらない状態)をどう考えているかだと思います。アルコール依存症って、本人は本音ではお酒をやめたくないけれどやめざるを得ない状態に追い込まれた人でもあるんです。例えば、やめないと死んでしまうとか、妻に離婚されるとか、また刑務所へ行ってしまうとか。そこまで追い込まれて初めて問題を真摯に見つめ、変わろう、やめようとなるんです。
──極限でお酒をやめる決断を迫られた人でなければ、依存症という病名はつかないんですか?
斉藤 病識がなくても診断名はつきますよ。不眠や鬱、幻覚、幻聴、手指振戦、大量の発汗など、そういう離脱症状は出てくるので。そうなれば、依存症という病名はつきます。ところで、ここまでのご質問を聞いていると、今のミウラさんは本当は酒をやめたくなくて、すごく中途半端な状態だと思いました。だから「もっと酒を飲め」と言いたいです。
──え、えっ?
■なんと、依存症の専門家から「もっと酒を飲め」のアドバイス? その真意は後編へ!
●斉藤章佳(さいとう・あきよし)
大森榎本クリニック精神保健福祉部長(精神保健福祉士/社会福祉士)
1979年生まれ。大卒後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、約20年に渡りアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・虐待・DV・クレプトマニアなど様々なアディクション問題に携わる。その後、平成28年4月から現職。専門は加害者臨床。大学や小中学校では薬物乱用防止教育をはじめ、早期の依存症教育にも積極的に取り組んでおり、その活動は幅広くマスコミでも度々取り上げられている。近著に「男が痴漢になる理由」「万引き依存症」(いずれもイースト・プレス)ほか