ここ数年で患者が急増しているという性感染症「梅毒」。前編では、その増加の背景や感染経路、危険性などについて解説した。
引き続き、元AV女優の夏目ミュウさんが開院に関わった性感染症専門検査クリニック「池袋駅前ライフクリニック」の稲垣徹訓(いながき・てつのり)院長に、それ以外の性感染症の症状や治療法、検査についても聞いた。
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――インフルエンザのように、感染力の強い性感染症はあるのでしょうか
稲垣 とりわけどの菌がというわけではありませんが、梅毒は感染が成立した場合の感染力は強く、治療しなければ長期にわたり様々な症状を呈します。
普通の性交渉やオーラルセックス、濃厚な唾液を交換するようなキスによって感染しやすいという意味で、「性器クラミジア感染症」や「淋菌」は一般的な性感染症として認知されています。これらはそれこそ風邪と同じくらいかかりやすいものと考えていただきたいですね。
――では、自覚症状の有無でいうと、どのような分類ができますか?
稲垣 男性の自覚症状でいうと、「性器ヘルペスウイルス感染症」は亀頭などに強い疼痛(とうつう)などを伴い、多発性の潰瘍や小水疱が出現します。「尖圭(せんけい)コンジローマ」は亀頭や包皮の内外、肛門周りに1~10mm前後のイボができます。
また、最も感染者の多いクラミジアや淋菌は尿道炎による排尿痛や尿道不快感、痒みを感じる方もいますが、無症状の場合もあります。クラミジアと淋菌は併発する場合も多いです。
――クリニックに来る方々はどんな症状を訴えて来ることが多いですか。
稲垣 ネットで調べて、「亀頭から膿(うみ)が出たので淋菌です。薬をください」という方もいます。膿は確かにサインのひとつですが、大腸菌などの雑菌が尿道へ侵入して症状を出している場合もあります。ご自身で判断せずに、尿検査と咽頭検査と血液検査を行ない、淋菌だけでなく他の性病や一般細菌もセットで調べるのがいいと思います。
――なぜセットで行なうことが大事なのでしょうか?
稲垣 みなさん、ネットで調べて感染症状が似ていることから勝手に決めつけてしまうのですが、症状だけで一概に感染の起因菌を同定はできません。それに、"ウインドウ・ピリオド"といって、検査をしても陽性にならない期間もあるので、検査をして陰性でも心配な方には、念のため、1~3ヵ月後くらいに再検査を推奨しますね。
――陽性にならない期間があると。要するに潜伏期間的な。
稲垣 そうです。例えばクラミジアは、感染してから1週間から1ヵ月の間に検査し、そこでマイナス結果が出れば問題はないと思います。また、当院にもクラミジアや淋菌の迅速検査というのがあり、検査翌日に結果がわかるようにはなっていますが、これは感度が7割ほどで正確ではないため、迅速結果だけで判断することはオススメしません。
男性の初尿による検査陽性率は比較的低いため、症状がある場合やパ-トナ-の女性が陽性の場合は、一度検査が陰性とでても複数回検査することを推奨いたします。
――クラミジアや淋菌は風邪みたいなものとはいえ、放置しておけば人体にどんな影響があるのでしょうか?
稲垣 男性でしたら最初は無症状でも、尿道炎 精巣上体炎、咽頭炎、あとは意外かもしれませんが、結膜炎などの原因になります。クラミジアに関していえば女性の方が放置しておくと深刻な事態になります。骨盤内で癒着を引き起こし不妊の原因になったり、さらに重症化すると「Fitz-Hugh-Curtis(フィッツ・ヒュー・カーティス)症候群」といって、肝臓の方まで癒着を引き起こすこともあります。
――では、クラミジアや淋菌の治療法はどのようなものなのでしょうか。
稲垣 クラミジアはアジスロマイシン1000mg内服、淋菌はセフトリアキソンナトリウム1g点滴による抗菌薬治療が第1選択です。基本は単回投与で、2日間ほどで殺菌作用は得られます。
しかし早期の再検査は、疑陽性といい死菌で陽性になる可能性があります。薬剤耐性菌という抗菌薬に反応しにくい菌も存在します。きちんとした治癒判定を行なうためには、死菌が全て排泄された状況で検査を行なっていただきたいので、検査から2~3週間空けて再検査をしてください。
ただ、薬を内服しても治療中に再び感染者と性交渉を行なえば治療は意味をなさず、再び感染しますので、その人がどれだけモラルを持って禁欲できるかが問題ですね。
――つまりは、一度検査をして薬を飲んで治療したからといって大丈夫だと思ってはならないと。
稲垣 そうです。薬を飲めば確実に治るというものでもない。耐性菌がいると、これまでその薬を飲めば治ったものが効かずに、別の薬で再治療しないといけない場合もあるので、1度目の検査→治療→再検査はセットと考えていただきたいです。
――「クラミジアは放置してれば治る」という人もいますが、これは?
稲垣 それはおそらく感染が成立していないだけだと思います。菌が生着せずそのまま流れて感染が成立しなかったという稀なケースです。感染が成立すれば治療をしなければ治りません。
――「性交渉はしていないのにクラミジアに感染した!」なんて場合もあるのでしょうか。
稲垣 ほとんどないですね。ウォシュレットを使ってうつるとか......ゼロではないかもしれませんが、あまりありません。
仮に挿入前に感染者と非感染者が陰部を擦り合わせるだけでも十分感染する可能性はあるわけですから。その後、コンドームをつけたところで意味はないのです。本来であれば服を脱いでいざ始めるぞという時にコンドームをつけることが望ましい。まあ現実的には厳しいしょうが。
――最近では個人で購入し、郵送検査できる"性病検査キット"などもあるようですが、この信頼度は?
稲垣 基本的にだいぶ精度は高くなっているとは思います。でも、病院やクリニックでは直接患部から菌を摂取できますし、血液検査の量も検査キットとは違うので、精度でいえば病院やクリニックのほうが圧倒的に高い。きちんと来ていただくことをオススメしますね。
――とにかくコンドームをつけて備えよ常に、というわけですね?
稲垣 欧米では避妊といえばピル、性感染症予防といえばゴムという認識で、避妊のためのコンドームというのは日本だけです。なのでコンドームを外す時は、本当に子供が欲しい時であるという意識を持っていただきたいですね。
――性感染症はかかると恥ずかしいという意識が未だありますが、どんな意識改革が必要でしょうか。
稲垣 これはもう性感染症は風邪と同じだと思ってほしいです。誰もがかかり得るものです。今ではブライダルチェックと言って、婚姻前に男女ともに、性感染症がないか、風疹・麻疹抗体はあるかなど、妊娠準備に必要な検査も含めてチェックを行なうことが当然のような時代になってきています。
我々も、男女ともに検査を受けやすい環境づくりのために、匿名検査や女医を希望する女性患者さんのための女医診療時間を設けたりと、その環境を整えているところです。
――それに、もし自分が感染したことがわかった場合はどうすれば?
稲垣 仮に複数のパートナーがいるのでしたら、そのパートナーには伝える必要があります。そうしなければ、自分が治したとしても相手が感染したままで性交渉すれば、再感染する可能性もありますし、さらに他の人に感染拡大させてしまう場合もあるからです。ここはパートナーへの思いやり、人としてのモラルが問われるところですね。
――ちなみにセルフチェック的なことはできますか?
稲垣 外陰部に潰瘍やイボができたとか、排尿時の痛みや膿などによる尿混濁など。梅毒なら湿疹が一番気づきやすいかと思います。セルフチェックのみですと正直、難しいですね。それよりも、身に覚えがあるならば日頃の定期的な検診に行く意識を持つことが大事だと思います。
●稲垣徹訓(いながき・てつのり)
日本産婦人科学会専門医。日本周産期・新生児医学会 母胎・胎児専門医。東海大学医学部医学科卒業後、順天堂医院にて臨床研修過程 修了。順天堂医院産婦人科学講座入局後、各関連病院にて診療。現在、池袋ライフクリニック院長。
■池袋駅前ライフクリニック
https://www.ikebukuro-life-clinic.com/