「鼻のデカイ猿を見たくないかい? 鼻がデカイんだぞ! ビッグノーズモンキーを探しに水上タクシーでマングローブサファリへ行かないかい?」
ブルネイの首都・バンダルスリブガワンを流れるブルネイ川にはマングローブが茂り、大きな鼻が特徴的なテングザルや、マングローブスネーク、ワニなどが生息している。
特に派手な観光がないブルネイでは、それがメインのアクティビティといった感じだろうか、川べりを歩いていると水上タクシーの運転手や客引きがしきりに声をかけてくる。
料金は1時間で25ブルネイドル(約2000円。交渉するともう少し安くなる)だというが、
「そんなにビッグノーズ推しされても、私、あんまり興味ないんですけど......」
ネット情報によるとテングザルとの遭遇率はまあまあと言ったところで、見つけたとしても木の上にいて距離が遠かったり、期待外れなことも多いようだった。
それよりも私は川の対岸にあるブルネイの伝統的な水上集落「カンポン・アイール」が気になっていた。
「あっちに渡るだけはいくら?」
「1ドル(約80円)」
安。それ行きましょう。
早速私は水上タクシーに乗り込んだ。ちなみに、以前は半額の50セントだったが、お金持ちの国になり値上がりしたらしい。
「鼻のデカイ猿は見たかい? マングローブのツアーが......」
「あ、だからそれは大丈夫です......」
約4万人もの人が住む、世界最大級の水上集落「カンポン・アイール」。
ブルネイの人口は40万人なので10人に1人は水上で生活していることになるが、対岸に着くと、ここに人はいるのだろうか。まるで廃墟かと戸惑うような静けさであった。
ギシギシと音を立てながら、今にも壊れそうな木製の道を歩く。水上集落は、建物は全て水上に出た支柱の上に建っていて、通路も支柱の上に木製で作られている。
学校や警察、商店、ガソリンスタンド、モスク、病院を含めた4200以上の建物が存在しているなんて驚きだが、私がまず見つけたのはアイスキャンディー屋。
かわいらしい女の子たちが暇そうに店番をしている(「後で買いに行くね」と言い残したのに、戻れなかったのは心残りである)。
それから屋根の上に玉ねぎ型の銀のドームがあるのはモスクだろう。男性がひとり入っていくのについて行き、私も中を見させてもらったが、お祈り用のカーペットが敷かれているだけのシンプルな室内であった。
さらに奥へと進んでいくと、小さな商店やハンバーガー屋などの軽食のお店があった。駄菓子屋のようなところでは、上半身裸の店主がダルそうに店番をしている。
水上にありながら電気、水道などのインフラは整っていて、キッチンもあるし、衛星放送のアンテナのようなものも見かけた。
「王様に頼めば新しい高級住宅地を用意してくれるんだけどね」
そういえば、私の泊まる宿の主がそんなことを言っていたのを思い出した。
ブルネイ政府は電気や空調などが完備された高級な鉄筋コンクリートの集合住宅を陸地につくり、そこへ人々を移住させ、集落の撤去を考えているそう。
私なら絶対にそっちを選びそうであるが、ここに住む人々にはこの水上集落が慣れ親しんだ自分の家だし、落ち着くのだという。住めば都ってことか。
また、はっきりした四季がなく年間を通して高温多湿なブルネイでは、水上集落は涼しくて過ごしやすいのだとか。
歩き続けると、モクモクと白い煙が上がる家が見えたので近寄ると、なにやら鶏肉を焼いている。そういえばろくにご飯を食べてないので、ここで何か買うことにしよう。
売られていたのは白米に鶏肉がちょこんと乗ったシンプルなものだった。「ナシカト」というローカルフードだそうで、ナシは「ご飯」、カトは「ノックする」という意味。その昔、客がこの料理を買いに店のドアをノックしたという話に由来するそう。
パックに詰め込んでもらっている間に、働く女の子に話しかけてみた。
「この集落には学校があるんでしょう? どれくらい生徒がいるの? 何を勉強しているの?」
「学校は1クラスだけで20人くらいかな。英語が習えるの」
確かに彼女たちは英語ができるようであった。
雨が降ってきてしまったし、帰りの水上タクシーの乗り場を聞くと、
「お父さんが水上タクシーの運転手やってるからそれを呼ぶわ」と、わざわざ携帯で電話をしてくれた。
かわいらしい彼女たちのお父さんもまた優しく、私にこう話した。
「もし、鼻のデカイ猿を見たかったら、ツアーがあるから連絡しておいで!」
あ、はい。猿は大丈夫です。
笑顔で手を振ってその場を去ったあと、私はお父さんに乗車賃を払っていないことに気が付いた。すぐに引き返すが、すでにどこかへ行ってしまったようで、見当たらない。
川を見渡すがどの水上タクシーも似ていて異なる。ああ、せっかく良くしてもらったのに、恩を仇で返してしまった。
しかし、しばらく川を見つめていると、い、いたー!! 私は大きな声で叫び、1ドル札をヒラヒラと宙に振った。
なんとかして支払うことができたけど、それを見ていたほかの水上タクシーの人たちが私の元へ集まってきて、それぞれがこう言った。
「なぁ、鼻のデカ......」
「ノーサンキュー!(笑)」
【This week's BLUE】
水上集落で見つけた住居らしきところには、壁いっぱいのカブトガニ。これアート?
★旅人マリーシャの世界一周紀行:第244回「地元ラジオDJが案内するブルネイの穴場とローカル飯」
●旅人マリーシャ
平川真梨子。9月8日生まれ。東京出身。レースクイーンやダンサーなどの経験を経て、SサイズモデルとしてTVやwebなどで活動中。スカパーFOXテレビにてH.I.S.のCMに出演中! バックパックを背負う小さな世界旅行者。オフィシャルブログもチェック! http://ameblo.jp/marysha/ Twitter【marysha98】 instagram【marysha9898】