■なぜメディアは目を向けないのか?
寒い季節になると雑誌やテレビで取り上げられるのが、温かい食べ物だ。
各地のご当地鍋を特集する情報番組、スープをすすれば体の芯から温まるラーメンを特集する情報誌、おしゃれな街で人気のミネストローネやクラムチャウダーを紹介する女性誌、といった具合だ。
確かにどの食べ物も魅力的で、メディアが取り上げる価値は十二分にある。だがこの季節、一番食べたくなるあの食べ物を忘れてはいないだろうか。
そう、豚汁だ!
飲食店へ足を運ぶと、みんなが豚汁好きということがよくわかる。大手牛丼チェーンはすべて豚汁をレギュラーメニューにし、定食屋では朝昼晩どの時間帯に行っても豚汁を注文する人がいるほどだ。
お手軽に食べられて、これほどみんなから愛されているのに、なぜかメディアから目を向けられない地味な存在。ということで、『週刊プレイボーイ』が全国にチェーン展開する店やローカルのチェーン店、豚汁をウリにする店など20店舗の自慢の一杯を大調査。最新の豚汁事情をリポートする。
■牛丼以上の熱きバトルが!
まずは牛丼チェーンから。豚汁は4大チェーン(吉野家、松屋、すき家、なか卯)すべてで販売。驚くべきは、それぞれのチェーン店で味の方向性がまったく異なるという点だ。
けんちん汁のような野菜の味わいが強い吉野家。大きくカットされた野菜と豆腐で圧倒的なボリュームの松屋。唐辛子を利かせたピリ辛風味で大人な味に仕上げたすき家。味噌とだしの風味で一線を画す、なか卯。正直、味噌汁の味には大きな差はないが、豚汁ではどこのチェーンもハッキリとした個性が出ている。
牛丼チェーンの豚汁について、味噌汁や味噌料理が好きすぎて、所属事務所のプロフィールの趣味欄に「味噌」と書くほどの味噌大好き芸人、三拍子の高倉陵氏が熱弁する。
「牛丼チェーンの豚汁はどの店も200円程度とリーズナブル。安いからといって侮ってはいけません。特に松屋の豚汁は、豚肉のうま味がすごい。さらに190円とは思えないほどの具の量です。この値段でも『オトクすぎる!』と思うのに、たまに『豚汁100円フェア』をやってくれますからね。最高です」
また、グルメジャーナリストで、飲食店の経営事情にも詳しい東龍氏は、牛丼チェーンが豚汁を扱う理由をこう分析する。
「加える食材を自由にアレンジできて、個性を出せる。この点が店にとって大きなメリットです。基本要素である豚肉、根菜、味噌は多くの方に好まれていますし、豚の脂が汁の表面を覆うため熱が逃げず、冷めにくいのもいいところ。さらに味噌汁よりも値段を高く設定でき、売り上げの向上にも寄与します」
4大チェーンが競っているのは牛丼の味だけではない。豚汁の味でも熱い闘いを繰り広げているのだ。
■ベストはサトイモなのか? それとも......
続いては、定食を楽しめるチェーン店。焼き魚やとんかつなどが味わえる店には必ずと言っていいほどメニューに豚汁の文字が記されているが、その理由を東龍氏が教える。
「豚汁は、飲食店にある食材を利用できるのがメリット。定食屋であれば、きんぴらごぼう用のゴボウやニンジン、野菜炒め用の豚バラ肉やタマネギ、そして味噌汁用の味噌など、豚汁を作るための材料がそろっています。
目の前にある材料で手軽に作ることができて、先ほどの牛丼チェーン同様、味噌汁より高く販売できるので、どの店でも販売しているのです」
定食チェーンを調査して興味深かったのは、イモのバリエーションだ。牛丼チェーンはすべてがサトイモだったが、定食を販売する店では、サトイモ、ジャガイモ、サツマイモ、そしてイモなしと、牛丼チェーン以上に具材や味わいで個性を出す店が多かった。
豚汁のイモ問題については、前出の高倉氏も悩むことが多いとか。
「僕個人としては、おいしさ、食感、そして時間がたっても煮崩れしにくいという三拍子そろったサトイモがベストだと、思いま............いや、ちょっと待ってください。......うーん、どれも捨て難い! 甘さが欲しいときはサツマイモを求めるし、ホクホク感を味わいたいときはジャガイモ......気分によって食べるのがベストですね!」
テイクアウトの弁当チェーンでは、オリジン、ほっともっと、ほっかほっか亭の3大チェーンすべてで豚汁を販売。なかでもオリジンでは、寸胴鍋に入った豚汁を自分ですくって入れるサービスが好評。サトイモや豚肉をこれでもかというほど指定された容器に盛り込む猛者もいるほど。
だが、どのチェーンも容器が小さく、豚汁とご飯でおなかいっぱいになりたい人にとっては物足りないし、大きな容器に汁物を入れると持ち帰るときにこぼれやすい。弁当チェーンは需要があっても、画期的な容器が開発されない限り、飲食店のような大満足の豚汁を販売するのは難しいのかもしれない。
最近では、回転ずしやうどんのチェーン店でも豚汁を販売している。はなまるうどんでは冬の季節限定メニューとして豚汁うどんを毎シーズン発売(今季は終了)。回転ずしチェーンでは、おすしと一緒に食べてもらうことを意識してか、具材を控えめにしたものが多かった。
そんななか、異彩を放っていたのが埼玉県民の間ではおなじみの山田うどん食堂。豚汁をメインのおかずとした「山田の特製豚汁定食」(690円)を販売。メニューに豚汁の画像を大きく載せるなど、豚汁が主役級の料理として扱われていた。
「豚汁は日本人に不足しがちなビタミンB1が豊富な豚肉が主役。味噌がご飯と相性がよいことは言うまでもありません。健康志向が高まるなか、豚汁が今後注目される可能性は高いといえます」(前出・東龍氏)
山田うどんもこのような将来性を感じて、主力級のおかずとしてプッシュしているのだろうか。
■いつブームが来てもおかしくない!
豚汁に将来性を感じ、メインのおかずとして提供するのは山田うどんだけではない。東京・文京区本郷にある吉田とん汁店は豚汁専門店。店内で販売しているのは「豚汁定食」のみ。お昼時には行列ができるほどの人気店。
また、代々木と大手町に店を構える、ごちとんも専門店だ。ガスバーナーで炙(あぶ)ってほんのり焼き色をつけた豚肉をのせ、ごろごろというレベルを超越したサイズのニンジンや大根を配置する豚汁は、インスタ映えを意識したイマドキの盛りつけといえる。
「日本人のほとんどが大好きだけど、飲食店ではどうしてもご飯のお供というサブ感が出てしまう。ごちとんみたいに豚汁メインのお店がもっと増えれば、ラーメンやカレー同様、豚汁屋が市民権をもつのではないでしょうか」(高倉氏)
どこのお店でも当たり前のように売っている豚汁。ウマくて安くてボリューム満点のこのメニューが今後さらに注目され、メディアで大きく取り上げられるためにはどんなことが必要なのだろうか。
「味噌汁と同じく、当たり前のように出るものなので、素晴らしさを知ろうとする人が少ないのが現状だと思います。豚汁はダイエットや美肌効果がある味噌と、根菜や豚肉がたっぷり入った健康食。
そのことを皆さんに知ってもらえれば。最近はチェーン店でも豚汁を作るときにひと手間もふた手間もかけていておいしいお店もたくさんあるので、豚汁ブームはすぐにやって来ると思います」(高倉氏)
豚汁ブームがやって来るかもしれないという意見には東龍氏もうなずく。
「豚汁は安くて栄養たっぷりで満足感の大きい完全食。健康番組などであらためてすごい発酵料理であることを取り上げるなど、ちょっとしたキッカケさえあれば大注目の料理となるでしょう。
メディアが取り上げなくても、豚汁専門店が葉物野菜や西洋野菜を使った新しい食材の組み合わせの"ネオ豚汁"を開発したら、SNSから一気にブームとなる可能性も十分考えられます」
最近では駅の自動販売機に「缶入りとん汁」が登場するなど、ブームの下地が構築されつつある豚汁。来年の今頃には、ラーメン特集のように各誌の巻頭のカラーページに豚汁の画像がズラリと並んでいるかもしれない。