現在、国内の二輪市場は若者離れが響いて過去最低に縮小している。販売台数は最盛期の10分の1に激減。なぜ「熱狂」は失われたのか? もう二度とオートバイ文化の復興はないのか? 全4回の連載で、その糸口に迫る。
2000年代、排ガス規制と駐禁強化に苦しんだ二輪業界。ライダーの高齢化も問題だった。しかし、若者を振り向かせる取り組みが実を結び始めている。
第1回「1982年に迎えたオートバイ最盛期」、第2回「バイクブームの弊害」、第3回「時速300キロへの挑戦」に続き、ジャーナリストの佐川健太郎が解説する!
■原付壊滅の理由は、排ガス規制と駐禁
暴走族や事故対策として長年規制されていた高速道路でのふたり乗りが、2005年の道交法改正により約40年ぶりに解禁された。新車の販売台数が振るわない二輪業界はこの吉報に沸いたが、翌年、奈落の底に叩き落される。二輪車の排ガス規制と駐禁取り締まりが強化されたのだ。
窮地に追い込まれたのは原付だった。排ガス規制に対応するにはFI(電子制御燃料噴射システム)化など、新たな装置の導入が必要になるためだ。正直、原付は薄利多売のカテゴリー。再設計によるコスト増は痛恨の一撃だった。
もともと原付は安価で便利なコミューター。若者や庶民の足として活躍していたが、駐禁強化により原付は一転不便な乗り物に成り下がる。駐車場も用意せず、監視員による駐車違反の取り締まりを強化したからだ。現在、バイク用の駐車場も増えてはいるが、まだまだ足りていないのが実情だ。
このように2000年代もバイクを取り巻く環境は厳しさを増していた。しかし、二輪メーカーも手をこまねいていたわけではない。
ホンダは10年に、現在も原付二種(125㏄以下)スクーターのベストセラーモデルとして根強い人気を誇るPCXを発売。近未来を感じさせる流線形のフォルムが大きな話題を呼ぶ。また、ホンダは同年に、初の電動二輪車「EV-neo」をリース販売。電動化にも力を入れ始めた。
ちなみに18年にはPCXをベースにした「PCXハイブリッド」を追加して人気を集め、さらに国内の法人・官公庁向けのリース専用車「PCXエレクトリック」も販売を開始するなど、コミューターの選択肢を広げた功績は大きい。
そして16年に話題騒然となったのが、ホンダとヤマハの協業発表だ。具体的にはホンダがヤマハへ日本市場向けの50㏄スクーターをOEM供給するというものだ。その第1弾がホンダ製となったヤマハの「ジョグ」と「ビーノ」で、18年4月から発売された。
同年7月には原二ブームのきっかけとなる道交法が改正。普通自動車免許を持っていれば、AT小型限定普通二輪(原付二種)免許を最短2日で取得可能になった。
そもそも世界的に見れば、125㏄クラスは四輪の付帯免許で乗れる国がほとんどで、日本は生産台数世界トップの二輪大国でありながら、実はガラパゴス化していたといえる。原二は50㏄以下の原付一種と違い、速度制限や二段階右折もなく、ふたり乗りもOK! この改正によって原二ブームに火がついた。
EV化も進んでいる。昨年、ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキの二輪4社は電動バイクの交換式バッテリーの共通化に向けた協議体「電動二輪車用交換式バッテリーコンソーシアム」の設立を発表。
電動バイクに使う交換式バッテリーを共通化し、充電設備の規格統一なども目指す。電動化は世界的な潮流であり、そこで勝ち組になれるか否かは、いかに早期に業界標準を確立するかにかかっている。
今年1月にはホンダの電動バイク「ベンリィe:」を日本郵便が配達用に導入。今年度末までに首都圏を中心に2200台まで増やすという。
■現在バイク野郎の平均年齢は52歳
実は現在、二輪の新車を購入するライダーの平均年齢は52歳と高齢化が進んでいる。若い頃にバイクに親しんだ中高年が再びバイクに乗り始める「リターンライダー」という言葉も一般化した。
ただ、その一方で中高年ライダーによる事故も増えている。誰でも年を取れば体力や運動能力は衰えてくる。今後はそれを補うための再教育プログラムや安全運転支援システムなどが必要になっていくだろう。
中高年層に広がるバイク熱を背景に最近ちょっとしたブームになっているのが、古き良き時代の名車をオマージュした"ネオクラシック"と呼ばれるジャンルだ。
かつての名車を現代的に再解釈したカワサキのZ900RSやスズキのKATANAが登場。一度は排ガス規制で生産中止となっていたヤマハ・SR400やカワサキ・W800シリーズが復活して話題になっている。
一方で、"若者のバイク離れ"といわれて久しいが、そのなかにもわずかな光は差し込んでいる。18年には、20代以降のバイク免許取得者が増加に転じるニュースもあったし、ヤマハが昨年新型を投入した人気スポーツモデル、YZF R25は購入者の6割強が10代、20代と若者層を惹(ひ)きつけている。
昨年の東京モーターショーでは、カワサキが250㏄クラスで30年ぶりとなる4気筒エンジン搭載のZX-25Rを電撃発表! スズキもモトGPマシンの技術をブチ込んだ新時代の油冷単気筒エンジン搭載のジクサー250をお披露目するなど、若者が買いやすい"ニーゴー"が再び熱く盛り上がっている。
さらに二輪業界では若者や女性を振り向かせるためのイベントや乗り方レッスンなども積極的に行なっている。また、レンタルバイクやサブスク方式での購入など、比較的若者がバイクを手に入れやすい環境も整ってきた。
最近も吉報があった。"バイクは危険で悪いもの"というレッテルを貼り続け、若者からバイクを遠ざけた「三ない運動」。その急先鋒だった埼玉県が19年に三ない運動を廃止したのである。
さらに埼玉県教育委員会は安全運転講習会を開催し、高校生への交通教育に力を入れ始めた。未熟で危険な若いライダーを生まないためにも、悲惨な交通事故を減らす上でも、交通教育は二輪復興の鍵となる。今こそ国は若者に対する交通教育にもっと注力すべきだ。
二輪復興のために国がすべき重要なことがもうひとつある。「世界一高い」といわれる二輪の高速料金の改正である。欧米では高速道路のほとんどが無料で走行できる。
これに対し日本ではバイクで東京-大阪間を往復するとETC割引でも2万円近くかかる。せっかく若者が二輪を購入しても、軽自動車と同一という非常に割高な高速料金の壁のせいで遠出もままならない。
ただでさえ、少子高齢化によるバイク人口の減少や若者のバイク離れが叫ばれている今、こうした課題を放置したままでは、資源のない国の重要な産業を腐らせるだけだ。世界に冠たる4大メーカーのお膝元であるニッポンの現状をこのまま放置していいはずがないのだ。
■研究が進む、自動運転と先進安全
前述したように近年、中高年層による事故増加が社会問題になっているが、対応も始まっている。四輪では今や常識となりつつある自動運転技術について実は二輪でも研究されていて、ホンダやヤマハは世界に先駆け自立型の"倒れない電動コンセプトモデル"を17年の東京モーターショーで発表し、注目を集めた。
ただ、趣味性が強く"人車一体"となって操る喜びこそが醍醐味(だいごみ)である二輪において、一足飛びに自動運転化が進むとは考えにくく、当分は人間が主役の時代が続きそうだが、四輪で標準装備となっている先進安全技術に関してはどうか。
昨年、二輪用ABSを初めて開発したドイツ「ボッシュ」社がレーダーベースによる二輪車向け先進安全運転支援システムの公道試験を日本で開始した。
このシステムは自動的に前車との車間距離と速度を調整するACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)や衝突予知警報、死角検知などの機能を搭載し、21年から国産市販モデルへの搭載が予定されている。
自分は実際に試験車両に試乗したが、もともと不安定でリスクの高い乗り物であるバイクがより安全になるだけでなく、社会問題となった"あおり運転"への抑止にも有効と思われた。
とはいえ、どんなに技術が進もうともバイクが自己責任の乗り物であることに変わりはなく、バイクの社会的地位向上のためにも、健全な大人の趣味として普及させるためにも、ライダーはマナー向上とともに安全マインドと運転スキルを高めることが求められる。それこそが、バイクが再び脚光を浴びる近道なのだ。
バイクに跨(またが)り全身で風を受けながらエンジンの鼓動に耳を傾けているだけで、日頃のストレスから解き放たれて、自由な気分になれる。バイクは便利でエコであるだけでなく、心の健康を保ち、明日への活力を与えてくれる素晴らしい乗り物だ。
ライダーは高い志を持ち、その価値を次世代にも伝える必要がある。
●佐川健太郎(さがわ・けんたろう)
1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学教育学部卒業後、編集者を経て、二輪ジャーナリストに。「ライディングアカデミー東京」校長や、『Webikeバイクニュース』編集長も務める。日本交通心理学会員。交通心理士。MFJ認定インストラクター