4回に渡り世界のコロナ禍についてお届けしましたが、旅の話の続きに戻りましょうか。今は外出自粛の日々で、旅どころか近所にも遊びに出られない状況ですが、いつかまた誰もが自由に旅に出られる日が戻ることを願って、しばらく「#おうちたび」をお楽しみいただければ幸いです。
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サンセバスチャンへ行くというメイン目的を達成した私は、直後の予定が未定だったため、とりあえず北スペインを小回りしてみることにした。自由な旅はこれができるのが良い。
まずはバスで2時間のナバーラ州にあるパンプローナという街へ南下してみた。パンプローナはヘミングウェイの初長編であり出世作でもある『日はまた昇る』(1926年)で有名となった、牛追い祭り「サン・フェルミン祭」が行なわれる街だ。
「サン・フェルミン祭」は毎年7月に開催され、バレンシアの火祭り、セビリアの春祭りと並び、スペイン3大祭りのひとつ(個人的にはトマト祭りも熱いけど!)。
中世から続く伝統ある祭りで、毎年100万人以上の観客を集める。メインは体重350~500kgにもなる闘牛と参加者たちが、約850mの狭い路地のコースを全力で駆け抜ける「牛追い」。
世界の祭りの中でもリスクが高いことで知られ、昨年はスマホで自撮りをしようとしたアメリカ人が牛の角に首の奥深くまで突かれ、命の危険にさらされたほか、42人もの負傷者が出たという。今年は新型コロナウイルスのため開催中止が発表されている。
ああ、どうせなら牛追い祭りの時期を狙って来たかったな......とはもちろん思ったけれど、今回は予定外の訪問なので、せめて街の様子だけでも拝んでおこう。
パンプローナのバスターミナルに着くと、観光地であるサンセバスチャンのそれよりも洗練されていて、広そうなスポーツジムまである。
そして、なぜかポツンと「真実の口」が......。映画『ローマの休日』でオードリー・ヘプバーンが手を突っ込んだアレである。思わず私はその口に手を突っ込んだ。
突っ込んだのは手だけではなく、1ユーロコインも。するとそれを飲み込んだ真実の口は目をキラキラとさせながら雄叫びをあげ、最後には「ぺッ」と白い紙を吐き出した。
これは手相占いゲーム機のようなものだった。出てきた紙に書かれたスペイン語をスマホでスキャンして翻訳にかけると、日本語が浮き出てきた。まるでSF映画で見た未来のハイテク装置のようだ(この時代の旅はだいぶ楽になったな)。
そこには生命線や運命線のようなものはなく、「あなたは苦しいプレッシャーに苦しむかもしれません」「次に何を得るために苦しみの原因」「今がいい時期かもしれません」などと書かれている。むむ、なんだか未来に障害がありそうであるが、いつだって私の人生は障害だらけだったし(?)、ラブ運良かったので良しとするか。
一瞬ローマに来たんだっけ?と錯覚する「真実の口」を後にし街へ出ると、まずは緑の芝生が広がる星形の要塞に迎えられた。
付近には唐突に漢字で「平和」と書かれたシンボルや、鮮やかな赤髪がまるで派手な鳥を思わせるおばちゃんが歩いていたり、足元に緑のメガネのプロップス(インスタなどで手に持つやつ)が落ちていたのでかけてみたり......と、なんでもないような出会いが楽しい。
祭りの時期でもないと人も少なく静かでのんびりした街であるが、旅に出られぬ今思い返すと、その全てが感慨深い。
立地の良い安宿アロハホステル(名前がハワイだね)の扉を開くと、雰囲気の良いリビングでゆるりと過ごす旅人たちの姿が。ドミトリー部屋にはパイプの二段ベッドに洗濯物がかけられ、床にはバックパックがゴロゴロと転がっている。
サン・セバスチャンでは観光地すぎて思うようなホステルが見つからなかったため、旅人にはやっぱりこの感じが落ち着くな......なんて思ってしまう。
宿主のヴェルナーはブラジルのクリチバ出身で、スペイン人女性と結婚をしてこちらに住むことになったそう。いろんな人生がある。
「俺の名前はロケット作ったドイツ人と同じだぞ」と言って、日本語で「陸上競技」と書かれたTシャツを着て胸を張っていた(そんなこと言ったら私だって高橋真梨子と同じ真梨子だぞ、えっへん)。
彼に教えてもらったこの街一番のバル「Bar Gaucho」で腹を満たすため旧市街へ繰り出すと、比較的若者が多い印象で、お洒落なバルやカラフルな建物が並び、路地裏の壁の所々にはバンクシーのようなタッチのアートが描かれている。
牛追いの街だけあって、お土産屋には牛のキャラクターグッズや赤いスカーフなどが並び、中心地はコンパクトながらも「うちはコレ(牛追い)でやってますから」という主張を感じた。
そして忘れてはならぬのが、この街は文豪ヘミングウェイのゆかりの地であること。
パンプローナ闘牛場を囲む緑地には「ヘミングウェイの散歩道」と名づけられた散策路があり、カスティーリョ広場にはヘミングウェイが通ったという1888年の創業の老舗カフェがある。店の奥のバーに彼の像があるらしいが、残念ながら私がそれを知ったのは後のことだった。
それが心残りだったのか、私は今になって彼の作品に触れたいと思った。そして、思いがけず手に入れたこの外出自粛時間に、『日はまた昇る』を手に取った。
この作品は「自堕落な世代(ロストジェネレーション)」と言われた彼らの、変わらぬ生活に対するやるせなさが描かれており、登場人物たちの会話は淡々としていて、旅に身を任せながら常に酒が存在する模様は私の旅生活ともよく似ている気がした(勝手に)。
「祝祭が爆発した。そう書くよりほかに書きようがない。」――牛追い祭りのシーンは、こんなふうに始まる。この祭りになかなかあり付けない私は、いつかその熱狂の中にわが身を置くことを夢想しながら、「#おうちたび」を堪能している。
★旅人マリーシャの世界一周紀行:第267回「バックパックに白いホタテ貝を付けた巡礼者たちはどこへ行く?」
●旅人マリーシャ(旅人まりーしゃ)
平川真梨子。旅のコラムニスト。バックパッカー歴12年、125ヵ国訪問。地球5周分くらいの旅。コラム連載は5年間半を超える。Twitter【marysha98】 instagram【marysha9898】
女子2人組ユニット「地球ワクワク探検隊」としても活動。Youtube配信や国内外各地のPR活動、旅先のお酒やお話を提供するイベント「旅するスナック」を月2回、東京・虎ノ門で開催。
【https://www.youtube.com/channel/UCJnaZGs8hyfttN9Q2HtVJdg】