『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。前回のドイツ語に続き、「ほかの言語にはない言葉」について語る。
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前回、ドイツ語がペラペラな友人に教えてもらった「ほかの言語にはないドイツ語の表現」をご紹介しました。他人の不幸を喜ぶ感情を表す「Schadenfreude」や、"殴られるべき顔"という意味の「Backpfeifengesicht」といったドイツ語独自の言葉です。
そこで今回は、ドイツ語以外の言葉で「ほかの言語にもあったらいいのに!」と思うような単語について語ります。
例えば、誰かが足をぶつけてしまったときのように、大げさに「大丈夫ですか!?」と話を中断するほどでもないけれど、スルーするのもなんだかな、という場面。スウェーデン語の「Uffda」は、そういうときに簡単にかけられるひと言です。英語では、くしゃみをした人に対して「お大事に」といった意味で「Bless you」と言いますが、それの"痛み"版かもしれません。
また、英語の「Regift」という言葉も日本語に欲しいです。これは『となりのサインフェルド』というアメリカのシチュエーションコメディ番組から生まれた言葉で、自分がもらったプレゼントを、そのままほかの人にプレゼントする、という意味です。さらに、それをする人のことを「Regifter」と呼びます。
実際、そういう人っていますよね。私も、ある人の誕生日にプレゼントした物とまったく同じ物を、数週間後の自分の誕生日にいただいた経験があります(笑)。もらって気に入ったから私にもくれた可能性もありますが、包装まで一緒だし、あれはRegiftであり、そのコはRegifterだと思っています。
すでに持っているものをプレゼントされたときなど、「これ、Regiftしちゃおうかな」と誰かに横流ししてしまいそうな、やましい気持ちになることは意外に多いはず。言語化すると罪の意識も強くなるので、啓発の意味も兼ねて、日本語でも言語化しましょう!
逆に、日本語にあって英語にない便利な言葉が「居留守」。日本語にはほかにも「渋い」や「わびさび」など独自の言葉がありますが、世界共通の行為をひと言で表した「居留守」はとびっきり優秀な単語だと思います。
さらに、欧米で好意的に評価されることもある日本語独自の表現が「しょうがない」です。日本では気軽に使われますが、英語圏では禅や仏教の思想を表した表現として哲学的に解釈されています。
「日本は地震大国で天災に見舞われてきたから」とか、「こういう思想が日本人の政治への関心のなさにつながっている」といった分析もあります。考えすぎじゃないかとも思いつつ、確かにこの「しょうがない」の思想が日本人のDNAに組み込まれていると感じることは多いです。言葉が先にきたのか、感覚が先にきたのか。感慨深いです。
このように、ほかの言語に直訳できない単語は世界中にあります。感覚は世界共通(に近い)なのに、ある言語にしか単語がない理由は、文化的な経緯や、言葉そのものの組み立てのルールだったりと、背景はさまざま。なんでも瞬時に共有できる時代に、言葉がどう進化していくのか楽しみです。
●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。アメリカ人と日本人のハーフで、4歳から14歳までアメリカで育つ。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。Regiftを生み出した『となりのサインフェルド』が世に輩出した言葉の中でも、「やたらと近距離で接してくる人」にあたる「Close-talker」はよく使う。公式Instagram【@sayaichikawa.official】