■おうち時間の増加でラジコユーザー激増
「『radiko』(以下、ラジコ)が始まって10年。ラジコがなかったらラジオ業界はどうなっていたんだろうと振り返る関係者は多いです」
そう話すのはラジオ業界との関わりが深いラジオコラムニストのやきそばかおる氏。
ラジコとは、民放ラジオ全99局とNHK、放送大学の番組がウェブサイトやスマホアプリで聴けるサービスのこと。ラジオ業界が広告の減少で落ち込むなか、2010年のサービス開始以降、ユーザー数を年々伸ばしていった。ラジコの広報担当者によると、その数が大きく増えたのが新型コロナの影響で、自宅の滞在時間が増えた昨春だったという。
「昨年2月に約750万人だった月間ユーザー数が3月になると約880万人にまで激増し、ピーク時は約900万人。現在は落ち着いたものの約820万人とコロナ前に比べて増加しました。新規ユーザーで見ると10代、20代の伸びが大きい。この世代はそもそもラジオ受信機を見たことがない人も多いと聞きます」(ラジコ広報担当者)
ラジコが昨年末に行なったアンケートによると、ラジコをきっかけにラジオを聴取するようになったユーザーがおよそ半数。どうやらラジオを聴く入り口として、ラジコは定着しているようだ。
「コロナ禍以降、ユーザーの1週間当たりの聴取時間も右肩上がり。1年前と比べて2時間ほど増えました。ラジオの魅力は"ながら聴取"。ラジオをどのように聴いているかのアンケートでも、家事をしながらなどの数字が増えました」(ラジコ広報担当者)
ラジコの大きな特徴はふたつ。ひとつは過去1週間以内の番組を無料で聴くことができる「タイムフリー」。深夜放送を通勤時間などで聴くために重宝する社会人ユーザーが多い。
もうひとつが、エリア制限なく全国のラジオが聴ける「エリアフリー」だ。月額350円(税別)の「プレミアム会員」になると使える機能だが、昨年3月に約70万人だった会員数は昨年12月末時点で約87万人にまで増えた。
「地元では聴けない芸人さんやアーティストさんのラジオを聴くためにプレミアム会員になる方が多いようです」(ラジコ広報担当者)
■ラジオ業界の戦国時代が始まった
ユーザーがラジコによる恩恵を受ける一方で、ラジオ業界ではどんな変化があったのか? 前出のやきそばかおる氏は、「全国で争う時代」が始まったと指摘する。
「ラジコ登場時、地方のラジオ局はリスナーが東京のラジオに持っていかれるという不安がありました。でもふたを開けてみれば、地方からも人気番組が出てきて、どこでも聴いてもらえるんだということに気づいた。今では『なぜウチの番組はほかのエリアで聴かれないんだ』という地方局の声も出るようになりました」
もともとラジオは地域密着の生放送がメイン。しかしラジコのプレミアム会員であれば全国どこからでも聴くことができる。また、ラジオ局が独自にインターネット上にアーカイブを残すことも一般的になってきた。
ゆえに、地域性や時事性に頼らない魅力が必要になってきたのだ。そういったなかでは音楽に詳しいパーソナリティや番組が強いとやきそば氏は話す。
「ラジオを聴く大きな目的のひとつは音楽。ですが、ただ聴くだけなら『Spotify(スポティファイ)』などのサブスクリプションサービスがある。だからラジオではサブスクで聴けないレコードの名盤・珍盤や歌謡曲を、ちゃんとしたDJが選曲することに意味があります。
さらに、なぜその曲を選んだのかの解説だけでなく、自身のエピソードをつけ加えたりして、音楽に興味を持ってもらうような工夫が大事ですね」
そしてもうひとつの大きな変化が、番組から飛び出したイベントだ。全国展開している認知度の高いキー局ではさまざまなイベントが行なわれてきたが、それが地方にも広がっている。沖縄から放送されている『ラジオBar 南国の夜』でパーソナリティを務める與古田忠(よこだ・ただし)氏が語る。
「うちのリスナーは全国にいるので、オンラインでイベントをやることにしたんです。そうしたら、ひとり2000円で200名も参加してくれた。地方局なのでお金がなく、自腹も多かった県外出張が番組予算で賄えるようになりました!」
縮小傾向にある地方経済からの広告頼みだった収入が、全国の番組ファンから直接もたらされるようになったのだ。これこそが、番組が全国で聴かれるようになった大きなメリットだ。
このようにラジコはラジオのあり方を変化させている。
しかしコロナ禍で、なぜここまでラジオが注目され、聴取者が増えたのか。ラジコの広報担当者はこう推測する。
「東日本大震災のときと似ている気がします。あのとき、テレビでは津波の映像など悲観的な情報が多かった。コロナも不安をあおる情報であふれています。ラジオはそんな状況にあっても普段どおりの日常を届けてくれる数少ないメディアではないでしょうか」
ラジオはリスナーとパーソナリティの距離が近い。それが孤立しがちな現代にハマっているのかもしれない。
やきそば氏の見立てはこうだ。
「ラジオは電話やオンラインで気軽に出演できます。コロナの影響でテレビの収録がなかった時期、めったに出ない大物芸能人や著名な方がラジオに出演して、よく話題になっていましたよね」
さまざまな要因が重なって注目を集めているラジオ。ラジコが楽しめるスマホの所持率は増える一方。まだまだ成長の余地がある。
■ラジコのおかげで全国で戦えるように
では、ラジオをこよなく愛するマイスターたちはどんなラジオを聴いているのか? 爆笑・太田光氏も認める異色のMC、『ラジオBar 南国の夜』マスターの與古田忠氏に聞いた。
* * *
もともとバンドとバーをやっていて、ラジオ局の人から「ヨコちゃん面白いからラジオやらない?」って声をかけられて、2014年に番組を始めたんです。3年目ぐらいに爆笑問題の太田光さんが『爆笑問題カーボーイ』(TBSラジオ)で、「全力でくだらないことをしている、ためにならないラジオだ」って『南国の夜』を紹介してくれて、注目されるようになりました。
もともと太田さんは『南国の夜』より半年ほど前に、広島の横山雄二さんがやってる『ごぜん様さま』を取り上げていたんですよ。それで最終的に「横山と與古田はこれからのラジオの未来を背負うからふたりで会え」って。なので、広島へ横山さんに会いに行ったんです。そしたら空港で広島のリスナーが僕を迎えてくれたんです。
ラジコがなかったら、こんなことにならなかったですよ。太田さんが言ってたんですけど、「ローカルではすぐ番組が持てる。面白ければ全国で取り上げられるし、キー局じゃなくてもいいんじゃないか」って。そうだなと。ラジコのおかげで、東京でなくてもチャンスがある。
僕のラジオはあまり沖縄ってことを意識してないです。でも全国の方が聴いてくれる。もちろん地元の方も置き去りにしてないですよ。お正月の放送ではツイッターの沖縄のトレンドで、ドラマ『逃げ恥』より『南国の夜』が上になりました。
でも内容はくだらなくて、クリ○リスって7回も言っちゃった(苦笑)。いままでもラジコのタイムフリーを2回止められたことがあって、上の人からは悪い意味でも注目されています。
この前は国の偉い人が放送局に来て、会長や社長と会って「『南国の夜』聴いてますよ」って言ったらしいんですね。会長がどんな番組だって社長に聞いたけど、答えなかったらしいです(笑)。
でもラジコの再生数は良くて、営業や制作とか現場の人からはすごく喜ばれています。CMもお土産屋さんとか県外に届くものを狙っていこうとか。新しいものが生まれている感じがしますね。
オススメのラジオは交流が深いところを紹介したいんですけど、まずは『ごぜん様さま』。お正月の放送は横山さんにゲストで出てもらいました。僕らと同じで、やりすぎてよく上から怒られるみたいで、そういうときは「仲間をつくれ」ってアドバイスをもらいました。
森谷佳奈さんの『はきださ Night』も鳥取からわざわざ沖縄まで来てもらって番組コラボをしたことがあります。しゃべる技術もすごくて日本でトップレベルのパーソナリティだと思いますね。あとリスナーいじりも面白いです。
福岡でやっている『常盤響のニューレコード』。これはすごい番組ですよ。常盤さんはものすごい数のレコードを持っていて、それを惜しみなくかけてくれる。ラジオを始める前からネット配信をやっていて、そのときから聴いていました。僕もレコードをたくさん持っているからメールを送って、そこから交流が始まりました。
あとは名古屋の『終活応援団!長谷雄蓮華(はせお・れんが)の人生楽らくラジオ』。僕と同い年のお坊さんでとてもいい声。番組内で人生相談に乗ってるんですけど、僕のラジオには「最近、娘が家に帰ってきてくれない」とか悩みを送ってきたり面白い人です。
ラジオって大変だといわれてますけど、死なないコンテンツだと思います。アメリカでも音声コンテンツは伸びていると聞きますし、日本もそうなるんじゃないかな。
ユーチューブがライバルといわれますが、ラジオはほかのことをしながらも気軽に楽しめますよね。それにラジオはひとりでもつくれちゃう。面白いものをつくろうって人が、すぐ形にできるのがラジオ。まだまだ夢がありますよね。
【與古田忠オススメ番組】
■『常盤響のニューレコード』
LOVE FM(月曜 20:00~)出演者 常盤響
ご自身がものすごい数のレコードを持っていて、日本で初めてかかるような曲も多いです。音楽好きなら絶対に聴くべき
■『森谷佳奈のはきださNight』
BSSラジオ(月曜 20:00~)出演者 森谷佳奈、古原奈々
パーソナリティとしてトップレベルじゃないかなと。2時間ずっとハイテンション。早口だけど内容は入ってくるし、技術もすごい
■『レディオパラダイス耳が恋した』
FM宮崎(月曜~木曜 17:15~)出演者 DJ SHIRO、コレナガカオリほか
コレナガさんが『南国の夜』を聴いてくれて仲良くなりました。DJ SHIROさんは宮崎弁でまくしたてる、みんなの兄貴的存在です
■『平成ラヂオバラエティ ごぜん様さま』
RCCラジオ(月曜~金曜 9:00~)出演者 横山雄二、渕上沙紀、中根夕希ほか
朝から目の前の女性アナに向かって、「おまえが金○にいたときのマネをします」とかムチャクチャ(笑)。でも実はけっこうまじめ
■『ゴールデンアワー』
エフエム沖縄(月曜~金曜 14:00~)出演者 西向幸三、エリナほか
沖縄ってもともとFMが強いんですけど、そのなかでもこれは全沖縄県民が聴いているであろうラジオ。ギャラクシー賞をとってます
■『多良川 おもしろ文化講座』
RBCiラジオ(金曜 18:15~)出演者 八木政男、仲村美涼
90歳の舞台役者のおじいちゃんが孫世代のアナウンサーに沖縄の昔話をするラジオ。聴くとみんな幸せになれます
■『夜のイチスタ☆』
OBSラジオ(土曜 21:30~)出演者 池田麻衣子
僕たちのラジオよりシモネタがひどい。僕はエロビデオ屋と呼んでいます(笑)。でも女性がやってるからポップに聴けますね
■『終活応援団!長谷雄蓮華の人生楽らくラジオ』
CBCラジオ(日曜 19:30~)出演者 長谷雄蓮華、小倉理恵
長谷雄さんは地元では"ラジ和尚"といわれていて有名。終活応援団と言ってますが、恋愛相談にも乗ってくれたり、明るく楽しいです
●與古田忠(よこだ・ただし)
1972年生まれ。バンドマンであり、沖縄県の宜野湾市でバー「南国の夜」を経営。全国のラジオ好きをつなぐ交流の場となっている。『ラジオBar南国の夜』はRBCiラジオで毎週土曜22:00~放送中!