武器にもなる厚さでおなじみの名作、『戦争と平和』 武器にもなる厚さでおなじみの名作、『戦争と平和』
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、トルストイとアメリカの定番料理「マカロニ&チーズ」の意外な組み合わせについて語る。

* * *

皆さんは、別々に好きなもの同士が思わぬところで交差した、という経験はありますか? 一番好きなアーティストのPVに一番好きな役者さんが出演、とか、大好きな作品が大好きなカフェとコラボメニューを出す、など神様からのご褒美のような奇跡です。サングラスをかけたハローキティが「坊やだからさ」と言っているLINEスタンプが発売されたときは、あまりの"市川得"な組み合わせに「新手の詐欺か?」と疑いました。

しかしちょっと前に、それを上回る交差を発見しました。それは、レフ・トルストイが残したマカロニ&チーズのレシピ。私の人生観に多大な影響を及ぼしたロシアの文豪と、身も心も癒やしてくれる好物のアメリカン・ソウルフード。まさかの組み合わせに、興奮冷めやらぬ今日この頃です。

マカロニ&チーズとは、以前この連載でも紹介したことがあるアメリカの定番料理。手作りや出来合いのものだけじゃなく、インスタント商品だけでもスーパーの棚1、2段分置いてあるほど、広く親しまれています。名前のごとく、マカロニとチーズを絡ませたシンプルな料理で、アメリカの3人目の大統領トーマス・ジェファーソンがパリで食べたパスタを、奴隷で料理人のヘミングスがアメリカ風にアレンジしたのが発祥といわれています。

そんなザ・アメリカな食べ物を、帝政ロシアで暮らし、一度もアメリカに行ったことのないトルストイが家で食べていたと!? 最近入手した「トルストイ家で食べられていたレシピを50品まとめたレシピ本」の目次にMacaroni and Cheeseの文字を見たときは目を疑いました。

チェダーなどのマイルドなチーズを2種類以上使うアメリカのマカロニ&チーズと違って、トルストイ家ではパルメザン1種類だったそう。アメリカではミルクとバター以外にはチーズの塩気だけで味つけされていますが、トルストイの妻ソフィアは「野菜ソース」なるものを使っています。

マカロニ→野菜ソース→パルメザン→マカロニ→野菜ソース→パルメザンと重ね、オーブンで焼いて調理。なので、アメリカのマカロニ&チーズというより、日本でも食べられているようなマカロニグラタンに近いかと? だったら、名前もマカロニ&チーズではなく、大作『戦争と平和(War and Peace)』にちなんでマカロニ&ピース(Macaroni and Peace)と変更することを提案します。

ちなみにロシア語で「平和」はMir(ミール)といって、平和のほかにも「世界」という意味があります。翻訳では平和という訳語に統一されていますが、本来の曖昧なタイトルに引かれます。『戦争と世界』だと、殺伐とした『SEX and the CITY』みたいですが。

そんなトルストイは、50歳から、亡くなる82歳までベジタリアンでした。タンパク源として卵に執着するようになり、13の卵レシピを順繰りで食べたそう。オムレツのほか、「オムレツ入りスープ」というネタ切れ感満載のメニューもあり、時間旅行ができるなら、トルストイ家の玄関に大豆ミートを置いていきたいです。

●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。トルストイ家の卵レシピだけの謎アプリが、知らない間にアプリストアから消えていてショック。公式Instagram【@sayaichikawa.official】

『市川紗椰のライクの森』は毎週金曜日更新!