できれば毎日、馬といたい
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、実は地味だったカウボーイたちの日常について語る。

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以前、この連載で牛がいかに好きなのかを語りました。牛のかわいさに魅了されながらも、生で見る牛はだいたい寝ている。起きたと思ったら、食べている。そこで牛にまつわる疑問が生まれました。

皆さんは「カウボーイ」と聞くと、何を連想しますか。孤高で勇敢、寡黙、自由でワイルドだけど正義感は強い。古き良きアメリカのヒロイズムを象徴してるといえます。果てしない荒野を馬と一体になって駆け、泥棒と撃ち合ったり、投げ縄で巧みに牛を捕まえたり、どんなピンチもクールに切り抜ける姿はロマンそのもの。

そんなカウボーイの全盛期は19世紀後半の西部開拓時代。テキサス州などで野生化した牛を何百頭、何千頭と集め、カンザス州やミズーリ州の東部行きの鉄道駅まで移送していた彼らは、多くのアメリカ人の郷愁をかき立てる存在。私の感覚では、日本における侍に近いかも。しかし、実際の牛は食っちゃ寝で、ほとんど何もしません。となると、カウボーイたちの日常、めちゃくちゃ退屈なんじゃないか。調べたら、予想以上に地味な仕事でした。

まず、牛はめちゃくちゃゆっくり。マックス一日約40㎞進めるものの、酷使すると痩せて商品にならないため、一日25㎞しか移動させなかったようです。群れごと暴走することがあったら西部劇のように馬で追いかけますが、牛が暴れることはまれで、数ヵ月かかる任務の間に一度もないケースがほとんど。よって、馬に乗りもしないカウボーイもおり、牛たちの体調をチェックしたり仮のフェンスを立てたりするだけの人も多数いたようです。

加えて、孤高で自由ではない。カウボーイたちは8~12人のチームで動くことが多く、雇い主である牧場主の家族がリーダーを務めることも珍しくなかったので、なかには「14歳の少年に従わなきゃいけなかった」という記録も残っています。チームで一番力を持っていたのは料理人といわれており、食べ残しは厳しく罰せられたそう。

長旅では食料が貴重になるので厳しくて当たり前ですが、14歳の隊長に食べ残しを叱られるクリント・イーストウッドはいやだ。ちなみに料理人の給料は月60ドル、対してカウボーイは25~40ドル。ウエスタンブーツは当時30ドルくらいしたそうなので、あの格好のために月収を使ったと思うとまたダサい。ファッションではなく実用品とはいえ。

銃を持っているカウボーイが少なかったという記述もあります。トラブルは映画のように撃ち合いで解決するのではなく、話し合いと協力で対応。最も荒くれた街でも、今のアメリカの一部都市より殺人率は低かったかもしれません。どちらかというと今のアメリカのヤバさを物語っている気がしますが。

とはいえ、カウボーイが簡単な仕事ではなかったのは確かです。24時間休みはなし、くらや手綱で擦れて水膨れもでき、環境はめちゃ暑いか、めちゃ寒いかのどちらか。任務中は一度も体を洗えないから皮膚はかゆいし仲間は臭い。テンガロンハットに10ガロンも水は入らない。うん、過酷。でも地味。股擦れで悩む臭いジョン・ウェイン、見たくないです。

●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。カウボーイの料理担当の通称は、豆料理が多いことから「ビーンマスター」だと知り、ジェダイみたいでカッコいいと思っている。
公式Instagram【@sayaichikawa.official】

『市川紗椰のライクの森』は毎週金曜日更新!