『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、ニューヨークの「足場事情」について語る。
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前回に続いて、パンデミック以来初めてアメリカに帰国した際に見つけた「あーだこーだ」について書きます。私が前回ニューヨーク市を訪れたのは、2019年10月。当時と比べ、お気に入りのデリの閉店や飲食店のテラス席の無理やりな増設などの変化はありましたが、変わってない要素もありました。
ニューヨークに行くと必ず目に留まる、建物の前に組まれている足場。ピンとこない方は、グーグルのストリートビューでマンハッタンのどこかを無差別にのぞいてください。高確率でアーケードのような屋根付きの足場が見えます。調べてみたところ、ニューヨークには距離にして約550㎞もの足場が歩道に設置されているそうです。常に進化している大都市ですし、古い建物も多いので、いつも何かしらの工事が行なわれているのは意外ではありません。
驚くのは、その足場の古さ。10年以上ずっと組まれっぱなしの足場も珍しくない。私のひいきの本屋さんは15年間ずっと足場が組まれたままで、気になっていたドーナツ屋さんを含む街の一角は3年前から丸ごと足場に覆われているようです。友人は9年間住んでいるマンションの外壁を一度も見たことがない。でもその足場で誰かが作業している姿も見たことがない。ふむ。
この現象には少し複雑な背景がありました。1979年に起きた、古い建物の落下物による死亡事故をきっかけに、市は6階建て以上の建物に5年に一度の外壁検査を義務づけました。リスクが発覚した際は速やかに補修し、その間は歩行者を守る屋根付きの足場を組まないといけない。
しかし、ニューヨークには100歳以上の建物が多いため、補修のコストは高額。さらに検査のたびに引っかかる建物も少なくありません。足場を組みっぱなしにするほうが安くて効率的→半永久的に足場で覆われている建物が誕生、という仕組み。補修しないと罰金を科せられますが、あまり強制されていない上に、罰金のほうが補修費より安いそうです。ちなみにこの条例の施行を担う市の担当部署の建物の足場は、13年間組みっぱなしだそうです。
光が入らないマンション、客が気づきにくいショップ。ニューヨーク中のテナントは、常にビルのオーナーに外壁の補修、そして足場の撤去を訴えています。2013年、ついにこの永久の足場問題に市が動きました。景観を改善すべく、足場をすべて深緑に塗装することを義務化。足場を減らすのではなく、ちょっとおしゃれにするという荒業。この流れは加速しており、17年からは、市の公募で決まった美しい次世代の足場の設置も始まりました。アーチ状の装飾とパールホワイトの配色は、従来のものよりはスタイリッシュで爽やかだけど、しょせん足場は足場......。費用も従来のものより高いため、ルイ・ヴィトンをはじめとするハイブランドのショップや、プラザなどの高級ホテルしか採用していない印象でした。
アップルストアの足場には行列に備えてヒーターが屋根に設置されていたり、進化なのか退化なのかよくわからないのが現状。ちなみに足場業界は年間約80億円の産業だそう。歩道に席を増やしたがっている外食業界との陣地の奪い合いに注目です。
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。愛知県名古屋市出身、米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。足場をたくさん見ると『ドンキーコング』を思い出す。
公式Instagram【@sayaichikawa.official】