『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。前回に続き、今回も最終回を迎えた『タモリ倶楽部』について語る。
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前回も書きましたが、流浪の番組『タモリ倶楽部』は、流浪できなかった時期、つまりコロナ禍に本領を発揮したと個人的には感じています。その企画の一例が、「今日から保留が楽しくなる! 日本列島 保留音ビンゴ」です。
収録は2021年11月20日、放送は22年1月14日。この時期、エンタメやビジネスの場に限らず、友達や家族ともリモートでつながるのが当たり前になっていました。そんな中で行なわれたこの「保留音ビンゴ」は、日本各地の施設に電話をし、その保留音として流れる曲を当てるというゲーム。そう、うちのおばあちゃんさえフェイスタイムを使い始めた時代に、固定電話をフル活用する企画です。
使用するのは、番組が用意した曲名のリストと、企業や市役所が記された地図。参加者は曲名をビンゴボードの上に好きなように配置し、その曲を保留音として使っているだろう施設を地図の中から選びます。見事マッチすると、ビンゴボードのマスを裏返す。保留音当てという地味なゲームにビンゴ要素を加えることで、パーティ感がプラスされたのは確かだけど、ポイント制でもよかったような気もします。が、結果的にはトリプルビンゴで私が逆転優勝を飾ることになり、ビンゴ形式ならではの楽しさを感じさせてくれました。
それはさておき、そもそもこの企画は、番組ADさんの持ち込み企画のひとつ。いつもリサーチのため多様な会社や官公庁に電話する『タモリ倶楽部』のスタッフさんたち。メールの窓口がないところも多い上、電話で話しても、相手は企画の内容に「は!?」と戸惑って保留にされることも多い。ほかの番組ではしないだろう"マニアッくだらない"問い合わせをしているからこそ、スタッフは人一倍保留音を聴いてきたというわけです。だからこそ気づけた、保留音のバリエーションや傾向がありました。
いざビンゴをやってみると、興味深かったです。まず、地理の知識の生かし方。甲子園のテーマ曲『栄冠は君に輝く』を使っている施設を探すも、地図には阪神甲子園球場や西宮市役所は載っていない。しかし作曲者の古関裕而(こせき・ゆうじ)氏の故郷である福島市役所がある! 鉄道の旅で聞いたことのあるJR福島駅前広場のオルゴールの記憶が、思わぬところで役に立ちました。
そんなふうに、曲と場所の関連性から推理しつつ、デフォルト設定のメロディにしていそうな企業を予想する場面も。そもそも保留のデフォルトの曲はなんなのか知るべく、保留音の編曲のパイオニアまで直撃しました。電話以外のコミュニケーションツールの充実とともに絶滅危惧種になっている保留音。大事な文化を継承できた錯覚に陥りました。
ちなみに市川調べで一番多い保留音は、エドワード・エルガー『愛の挨拶』(ピンとこない方も、検索したら「あの曲!」となります)。病院じゃなくて「クリニック」などでの使用率高し。この曲が流れたら、「電話出るまで待つよ~♪」と勝手に歌詞をつけて歌うのがオススメです。そして相手が戻ってきたときに、瞬時に黙ってひとりで恥ずかしくなるという保留音文化まで継承しましょう。
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。時間がある方は、アメリカでよく流れる不気味な保留音「Opus No.1」を動画サイトなどで聴いて震えてほしい。公式Instagram【@sayaichikawa.official】