昔ながらのラーメンを最新の技法でアップデートした「ネオクラシック系」が注目を集めてるという昔ながらのラーメンを最新の技法でアップデートした「ネオクラシック系」が注目を集めてるという
さまざまな人気店が誕生している2023年のラーメン業界は、これからどうなっていくのか。つけ麺の人気はまだまだ続くのか。上半期を総括した記事に続き、今年下半期の見通しについて、TRYラーメン大賞の審査員を務め、年700杯以上を食べ歩く通称「ラーメン官僚」こと、田中一明氏に聞いた。

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上半期のトレンドについて解説していただいた前回の記事では、いま首都圏が空前のつけ麺ブームに湧いていることを紹介した。田中氏によると、この流れはまだ続くものの、それと並行するかたちで新たな潮流も見え始めているという。

「いま密かに注目しているジャンルをいくつか紹介しましょう。まずは"背脂チャッチャ系"です。優美なビジュアルが映えるスープが透き通った淡麗タイプのラーメンが人気を博している中で、20世紀末に一世を風靡した『土佐っ子』や『らーめん弁慶』のようなパンチの効いた"背脂チャッチャ系ラーメン"が徐々に復活してきています」

このジャンルでは、多摩エリアの人気店『ムタヒロ』の新業態で、2022年12月にオープンした『あらしん』(東京・立川)や、昨夏惜しまれつつ閉店した『千石自慢らーめん』の味を継承する、2023年4月オープンの『麺浪漫』(東京・千石)といった店が支持を集めている。

大量の背脂と濃厚な醤油ダレをモチモチ麺で味わう「ラーメンあらしん」の「油そば」大量の背脂と濃厚な醤油ダレをモチモチ麺で味わう「ラーメンあらしん」の「油そば」

さらっとした醤油豚骨に背脂をたっぷり加えた「麺浪漫」の「らーめん」さらっとした醤油豚骨に背脂をたっぷり加えた「麺浪漫」の「らーめん」

「また、いま関西を席巻している"泡系ラーメン"の関東への進出も本格化するのではないかとにらんでいます。その名の通りスープをブレンダー等で泡立てたラーメンで、泡が舌上でしゅわっと溶ける感覚と、泡から伝わる豊かなコクとマイルドな旨味が特徴です。発祥の店は京都の『あっぱれ屋』。『あっぱれ屋』の弟子筋である奈良の『みつ葉』が大ブレイクを果たし、提供する店が関西中に広まりました」

この系統では、一昨年、大阪の名店「ふく流らーめん 轍」がラーメン激戦区高田馬場に上陸し、しっかりとした基盤を築いている。2023年8月に神楽坂にオープンしたばかりの『鶏soba座銀 神楽坂店」(東京・神楽坂)も、大阪の人気店『鶏soba座銀』初の関東進出店舗ということでラーメンファンから注目を集めている。

おしゃれな見た目に鶏のコクと旨味が際立つ「鶏soba座銀 神楽坂店」の「鶏soba並」おしゃれな見た目に鶏のコクと旨味が際立つ「鶏soba座銀 神楽坂店」の「鶏soba並」

「"泡系ラーメン"はインスタ映えする華やかな見た目とは裏腹に、スープは、鶏・豚等の素材を長時間炊き上げた濃厚タイプで、なかなか癖になる味わいです。関東では、どちらかと言えば淡麗系のようなスープが透き通ったラーメンが人気ですが、関西では、"泡系ラーメン"のようなスープが濁った白湯ラーメンが流行っています。東西でラーメントレンドの傾向がここまで明確に分かれるのも、私が知る限り初めての現象です」

すでに"背脂チャッチャ系"が復活の兆しを見せているように、今後は、東京でも濃厚なラーメンが席巻していくのだろうか?

「首都圏のラーメンシーンはもう少し事情が複雑です。例えば、今回の"背脂チャッチャ系"の復権も、必ずしも、淡麗系からの揺り戻しで濃厚なラーメンが求められたからではありません。むしろ、技巧を凝らした創作ラーメン一辺倒の流れからの揺り戻しとして、"背脂チャッチャ系"のような素朴なラーメンが求められていると見るべきです。

ただ、素朴なラーメンとはいっても、それは昔とまったく同じというわけではなく、素材が厳選され、最新の技法でアップデートされたものがほとんどです。つまり、いま首都圏で目立ってきているのは、昔のラーメンがその持ち味を残したまま進化した"ネオクラシック系"なのです」

こうした"ネオクラシック系"で今、特に高い評価を受けているのが、東京・桜上水の『桜上水船越』だ。写真を見てもらえばわかるが、たしかに見た目は町中華のラーメンと言われても違和感がないほどオーソドックスなラーメンである。何が特別なのか?

「西早稲田の名店『渡なべ』出身の店主が作るラーメンは、豚に由来するダイナミックな旨味とコクのあとに、昆布や煮干の和風味が口に広がる唯一無二の味わいで、完成度の高さはピカイチです。マニアの間では、2023年開業の新店の中で、ここが次の覇権を握るのではないかと噂されているほどです」

町中華のようなビジュアルに繊細な味わいが光る「桜上水 船越」の「ワンタンメン(塩)」町中華のようなビジュアルに繊細な味わいが光る「桜上水 船越」の「ワンタンメン(塩)」

その魅力に惹かれ、店主に直接インタビューも行ったという田中氏によると、このラーメンは、「今風のきれいな高級ラーメンでも、昔風の中華そばでもない、適度なジャンクさを目指している」とのこと。

「この言葉が今の東京ラーメンの最新トレンドをよく表しています。その気になれば、マニア受けする凝ったラーメンだって、高級感のある創作ラーメンだって作れるだけの実力はある。しかし、自分はラーメンの"身近さ"を大切にしたい。そう考える店主が増えているのです。実際、『船越』のような新店だけでなく、すでに評価が確立している人気店も、続々とクラシック回帰の動きを見せています」

全国的な名店として名高い三ノ輪の『トイ・ボックス』の醤油ラーメンが、その典型例だろう。これまで、同店の醤油ラーメンのトッピングは鶏と豚のチャーシューであった。しかし最近、これを豚のみに変え、青ネギに加えて白ネギを投入するなど、より"中華そばらしさ"を強調した見た目へと変化している。

昔ながらの中華そばを現代風にアップデートした「トイ・ボックス」の「醤油ラーメン」昔ながらの中華そばを現代風にアップデートした「トイ・ボックス」の「醤油ラーメン」

「ピザソバなどの斬新なイタリアン創作麺を提供し人気を集めた東京・大井町の『ajito ism』も、店を閉め、2023年3月に千葉・馬橋で『三つ由』として復活してからは、これまでのイメージを覆すスタンダードな醤油ラーメンを看板メニューにしたことで注目を浴びました。1000円を超えるラーメンが珍しくなくなり、各店が工夫を凝らしたメニュー開発に勤しむ今だからこそ、反動としてラーメンの原点に立ち返る流れが生まれているのです」

鶏と煮干しをベースに王道のラーメンを追求した「三つ由」の「三つ由の中華そば(醤油)」鶏と煮干しをベースに王道のラーメンを追求した「三つ由」の「三つ由の中華そば(醤油)」

この"ネオクラシック系"の分野では、東京・八丁堀の『七彩』、神奈川・青葉台の『すぎ本』など、まだまだ人気店がそろっている。いずれも、どこか懐かしさを覚える味わいが魅力だ。次なるラーメントレンドの行方は"ノスタルジー"がカギを握っているのかもしれない。