旅人マリーシャたびびとまりーしゃ
平川真梨子。旅のコラムニスト。バックパッカー歴12年、125ヵ国訪問。地球5周分くらいの旅。2014年より『旅人マリーシャの世界一周紀行』を連載。
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来年の1月に未承認国家ナゴルノ・カラバフが消滅する。
ナゴルノ・カラバフとはアゼルバイジャンの西部にありながら、住民の75%ほどをアルメニア人が占めており、アルメニアの実効支配下にあった地域。
この地域をめぐっては古くからアゼルバイジャンとアルメニアの間で領土紛争が続いていましたが、9月にアゼルバイジャンの軍事行動により30年以上続いた紛争に決着。12万人ほどいるアルメニア系住民のほとんどが脱出し、来年1月にナゴルノ・カラバフは消滅することになりました。
私がコーカサス(アゼルバイジャン、アルメニア、ジョージア)を旅したのは2018年のこと。「未承認国家」というフレーズに惹かれ、十分な日程がない中、寝ずに弾丸一泊で向かいました。
事実上の首都ステパナケルトに到着すると、団結を訴える横断幕の下でデモらしきことが行なわれ警察の姿も。今思えばそれも対立にかかわる何かだったのかも?
しかし日常はいたって穏やかな雰囲気で、観光名所の「我らが山」のある丘では子供たちに声をかけられ、"平たいポテトチップス"をお駄賃に犬の散歩を任されたり、遊園地の乗り物をまさか子供に奢られてしまうという胸アツな思い出。
数時間の滞在を宿のお母さんに残念がられながら、優しい住民たちにほっこりした気持ちでアルメニアへ帰ると、人々の優しさへの油断と睡眠不足で危機管理のアンテナが働かず、最後の最後にバスの中でスリに遭ってしまう。
財布と大事な旅の画像が詰まったハードディスクを引き換えに、この小さな冒険を手に入れたという感じ(ドバイ、クウェート、バーレーン、オマーンの旅画像の紛失は一生悔やまれますが!)
「行きは良い良い帰りは怖い」となったナゴルノ・カラバフへの旅ですが、消滅が決まった今、あの時「もう二度と行けなくなるかもしれない」と、気合いで訪れて良かったと思う(出会った人々は無事に避難できているだろうか......)。
ところで現地では、西洋人の宿友と訪れたレストランでピザとロシア料理のオクローシカ(冷製スープ)を食べてしまい、地元グルメに触れるチャンスを逃すという凡ミスを犯していますが、旅の道中や同じ民族の住む本国アルメニアにて彼らのグルメを楽しみました。
つまるところ、ナゴルノ・カラバフのグルメはアルメニア料理でもあるわけなんですが、紹介したいと思います
アルメニアのソウルフード「ラヴァシュ」は小麦粉、水、塩を原材料とし、生地を薄く平らに伸ばして熱した壷の壁に貼りつけて焼いた種なしパン(無発酵パン)。その伝統的な製法は無形文化遺産にも登録されています。
スーパーのパン売り場でこれを見つけた時には、私の頭から膝くらいまである長さに驚きました。ストールぐらいの大きさに、思わず首に巻いてしまおうかと思ったくらい。ナンのような味とそれを皮のように薄くした食感がとても美味しいです。
アルメニアの首都エレバンからナゴルノ・カラバフに向かう途中、ラヴァシュを作っている工房に立ち寄った。1枚買おうとしたらなんとおばちゃんが無料でくれようとするので「いーよいーよ」と断ったけれども結局2枚もいただいてしまった、このご恩は忘れません。少しずつちぎりながら大事に食べました。
ナゴルノ・カラバフのグルメとして代表的なのが「ジンガロヴ・ハッツ」(ジェンギャロフ・ハツetc...)。多ければ20種類もの大量のハーブや野菜を細かく刻み、薄く伸ばした種なしパンの生地で包んで鉄板で焼いたもの。アルメニア系民族の伝統料理で、飢餓や戦争で物資不足の時の主食だったそうです。
エレバンに「ラヴァシュ」が店名のレストランがありますが、私はここでドルマ(挽肉を葡萄の葉で巻いたもの)とジンガロヴ・ハッツを食べました。
料理の見た目は地味だけれど、とても美味しいんです。例えるなら大きな葉っぱ型のおやきみたいな感じで、トルコのギョズレメやメキシコのケサディーヤにも似た料理です。
カタカナでの検索結果は乏しいけれど、「Jingalov Hats」や「Zhingyalov hats」で検索すればレシピも知ることができるので興味がある人はググってみて。
同店でベジタリアンの旅友が注文したのは肉が入っていないメニュー「ガパマ」。これまた伝統的なアルメニア料理で、くり抜いたかぼちゃに、米やドライフルーツ(デーツ、アプリコット、プラム、レーズンなど)、ナッツをバターで炒めて、砂糖やハチミツ、シナモンで味付けしたものを詰め込んで焼いた料理。甘いかぼちゃピラフって感じのスイーツ的ゴハンで女子は好きだと思う。
ガパマはクリスマスや新年などお祝い事の際に食べられていますが、世界で初めてキリスト教を国教化したアルメニアでは1月6日がクリスマス。大晦日からこの日まではホリデーなので、まずはお正月を祝い、その後にクリスマスを迎えるそうです。個人的にはかぼちゃだからハロウィンに食べたいかも!
こうしてみるとアルメニア民族のソウルフードはなかなか独特で、それでいてウマイ。ナゴルノ・カラバフは消滅してしまうけど、ずっとなくならないこの味が住民だった人たちの胃と心を支えてくれますように。
平川真梨子。旅のコラムニスト。バックパッカー歴12年、125ヵ国訪問。地球5周分くらいの旅。2014年より『旅人マリーシャの世界一周紀行』を連載。
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