「検察はなぜ都合のよい証言を『作る』ことをやめないのか?」。判決を待つ市長の主任弁護人・郷原信郎氏にジャーナリストの江川紹子氏が聞く!

2013年6月の当選時に「全国最年少市長」として話題になった藤井浩人(ひろと)・岐阜県美濃加茂(みのかも)市長が、市議会議員時代に災害用浄水プラントの導入をめぐり、賄賂(わいろ)を受け取ったとして逮捕された事件の一審判決が、3月5日に名古屋地裁で出る。

藤井市長は一貫して容疑を否定しているが、名古屋地検は「賄賂を渡した」という浄水設備販売会社・中林正善(まさよし)社長の証言を頼りに起訴。

一方、市長の弁護団は、中林氏が合計約4億円もの融資詐欺を働いているのに、当初はそのうちごく一部しか起訴されなかったことから「詐欺の立件を最小限にする代わりに、本当は存在しない贈賄(ぞうわい)の供述が引き出されたのではないか」と、検察と中林氏との“ヤミ取引”を疑っており、裁判は全面対決となった。

全公判が終了し、判決を待つ市長の主任弁護人・郷原信郎(ごうはら・のぶお)氏に、ジャーナリストの江川紹子氏が聞いた。

【前編⇒http://wpb.shueisha.co.jp/2015/02/02/42754/

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江川 厚生労働省の村木厚子さんの事件から何を学んだのでしょうか。あの事件では、共犯者とされる人たちの供述で、村木さんは逮捕・起訴されました。本人がいくら事実を語っても、ほかはみな村木さんの指示を認めている、という状態でした。

特に重要だったのが、証明書を偽造した係長が「村木さんの指示があった」と供述したとされる調書です。実際には、その係長は「自分ひとりで作った」と早くから認めていたのに、“村木さん関与”のストーリーで凝り固まっていた検察は、その供述を受けつけず、村木さんの指示があったと認めるよう求めた。係長は根負けし、検察のストーリーを受け入れてしまいました。

ただ、この係長は虚偽の供述に応じたことを本当に申し訳なかったと思い、裁判では勇気を出して事実を証言しました。ほかの証人の多くも捜査段階の供述を翻(ひるがえ)し、それ以外の証拠も出てきて、村木さんは不幸中の幸いで無罪になりました。

この事件の最大の教訓は、検察がターゲットにした人を有罪にするためには、共犯者や参考人に対し、ストーリーに沿った供述をさせることがあるということ。だから、本命の被疑者だけでなく、共犯者や参考人の供述経過もきちんと残しておく必要があるはず。今回の件では、中林氏の取り調べや、現金の授受があったとされる場にいたT氏の事情聴取も、録音や録画が必要だったと思います。

個々の検事ではなく組織全体の問題

郷原 それなのに、検察側は「最近は公判中心主義だから、いちいち捜査の各段階で供述調書を作る必要はない」と言っています。捜査段階での供述の変遷(へんせん)など調書に取らず、公判証言で判断すればいい、というのです。「調書中心主義」で批判されたことを逆手に取るような開き直りです。

供述調書という形式を取るかどうかはともかく、証言の信用性の立証のために供述経過の記録を残すことも不要だというのはまったくの暴論です。こんな屁理屈(へりくつ)まで持ち出して、有罪論告をする検察官の神経にはあきれます。

■個々の検事ではなく組織全体の問題

江川 なぜ、過去の教訓が生かされないのでしょうか?

郷原 村木事件の証拠改竄(かいざん)は、本当は検察組織全体の根深い問題だった。ところが、主任検事、大阪地検の特捜部長、副部長の3人の問題に矮小(わいしょう)化されちゃったんですよ。検察は彼らを切り離して断罪し、組織の問題は問われないようにした。まさにトカゲのしっぽ切りです。私は、この元特捜部長の控訴審で弁護人についたのですが、それは検察組織の問題を問いたかったからです。

この証拠改竄についての捜査を仕切り、特捜部長を起訴した長谷川充弘(みつひろ)・最高検検事(当時)は、実は現在、藤井市長を起訴した名古屋地検の検事正を務めています。今回こそ、個々の検事の問題とは言わせない。検察が組織を挙げて、5万5000人の美濃加茂市民を代表する現職市長を起訴し、有罪にしようと、なりふり構わないやり方をしているんですから。

江川 村木事件の後、法務大臣の諮問(しもん)機関として「検察の在り方検討会議」ができました。私も郷原さんも委員だったわけですが、検察庁内部に監察部署ができ、チェック体制が強化されるなど変化もありました。新たにできた『検察の理念』という倫理規定には、〈被疑者・被告人等の主張に耳を傾け、積極・消極を問わず十分な証拠の収集・把握に努め、冷静かつ多角的に評価を行う〉と書かれています。今回の捜査・公判のプロセスで、それが実践されていると思いますか?

郷原 倫理規定など、まったくの絵空事だったということですね。今回の事件で、山ほどある消極証拠(有罪ではないことを示す証拠)の一体どれに目を向けたというのか…。

朝日新聞の記事は検察からのリーク

江川 証拠といえば、検察側は藤井氏と中林氏の間のメールを出してきて、お金の授受があったことを示唆するやりとりである、と強調していました。しかし、かなり無理な解釈もありました。

例えば、贈賄現場とされるガストでの会食後、中林氏が〈今日はありがとうございました。議員のお力になりますよう精一杯がんばりますので、よろしくお願いします〉というメールを送る。それに対し、藤井氏が〈こちらこそわざわざありがとうございます〉と返す。中林さんの「お力」というのは、これからもお金をあげます、ということで、藤井さんの言葉はお金のお礼だ、と検察は読むわけです。でも、これって、単なる社交辞令的なやりとりでは?

郷原 しかも、藤井さんのメールには続きがあるんです。〈全ては市民と日本のためなので、よろしくお願いします〉と。災害対策として、このプラントを設置することが市民のためになると考えていた藤井さんが、市民のために頑張るから協力してください、と言っているわけです。検察は、法廷でわざわざそこを省いて読むわけですね。

ほかにも、藤井さんがメールで〈いつもすみません〉と書いたことに、検察はこういう意味づけをするんです。ほかの日のメールは「すみません」だけなのに、2度目の現金授受があったとされる会食の翌日には「いつも」がついた。これは、いつもお金をありがとう、という趣旨だ、と。でも、藤井さんのほうが年下だし、儀礼的に「いつもすみません」と言うのは全然おかしくないでしょう。いいかげんにしてほしいですよ(苦笑)。

江川 検察とメディアの関係はどうでしょうか。村木事件の後ですし、検察の言うことが必ずしも正しいわけではない、ということが伝わっていると思いますか?

郷原 そうは感じませんね。メディアにとっても、村木事件はとんでもない主任検事と特捜部長によって引き起こされた例外的な事案だ、という受け止め方のようです。

例えば、今回の事件の取り調べ時には、弁護人が記者会見をやり、藤井さんが否認していることはわかっているのに、朝日新聞は検事調書をほとんど丸々引き写すような一方的な報道をやった。あからさまな検察からのリークです。ほかの記者も、ほとんどが有罪だと確信して記事を書いていたように思います。

江川 なかなか過去の教訓が生かされないですね。そんななかで、裁判所がどんな判断をするのか、注目しています。

(撮影/井上太郎[対談])

●郷原信郎(ごうはら・のぶお)東京大学理学部卒業。検察官として東京地検特捜部、長崎地検次席検事、東京高検検事、法務省法務総合研究所総括研究官兼教官などを歴任。2006年に退官、弁護士として郷原総合コンプライアンス法律事務所の代表を務める。著書に『検察の正義』(ちくま新書)など

●江川紹子(えがわ・しょうこ)早稲田大学政治経済学部卒業。神奈川新聞社会部記者を経てフリージャーナリストに。司法・冤罪、新宗教、教育、報道などの問題に取り組む。最新刊は聞き手・構成を務めた『私は負けない「郵便不正事件」はこうして作られた』(村木厚子著・中央公論新社)