安倍首相の悲願である「憲法改正」に大きな影響力を持つといわれる保守系市民団体「日本会議」。
彼らはなぜこれほどまでに改憲に熱心なのか? この国を誰から「取り戻し」、どのような「美しい国」を目指しているのか?
日本会議の背景にある「国家神道」や「新宗教」に詳しい宗教学者の島薗(しまぞの)進・東京大学名誉教授と、日本を代表する憲法学者で慶應義塾大学名誉教授の小林節(せつ)氏のふたりが「立憲主義の危機と宗教」について語る。
前編『自民党の改憲案は「個性を持った個人の尊重」という原則を捨て去ろうとしている』、中編『靖国参拝を“日本人なら当然の常識”と考える『日本会議』には歴史の反省がない」に引き続き、今回は日本会議をめぐる今後の動きに言及。参院選を前に、私たちが見極めるべきこととは?
■所属政治家が日本会議を脱会する動きも
―自民党の高村(こうむら)副総裁は憲法改正について「夏の参院選の主要な争点にはならない」との見方を示していますが、安倍首相は今年に入ってからも繰り返し「憲法改正」への強い意欲を示しています。
また、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」は、全国にある神社本庁の組織などを活用して「憲法改正を求める1千万人の署名運動」を展開して、多くの氏子などがこうした草の根運動に動員されているようです。今の憲法を敵視し、立憲主義そのものを否定するかのような動きは、この先も広がり続けてゆくのでしょうか?
島薗 超党派の保守系議員が所属する「日本会議国会議員懇談会」に所属する国会議員が200人以上を数えるなど、日本会議は日本の政治に大きな影響力を持っていますが、ここで気をつけたいのは、この会に所属する政治家のすべてが日本会議的な思想の持ち主とは限らないということです。
現実には日本会議を選挙のための有効な票田としてしか考えていない人たちも多い。すでに民進党の原口一博氏や長島昭久氏のように会を脱退する動きもあります。今後、日本会議が世間の注目を集めるにつれて、そこから離れていく議員が続出する可能性も高い。
その一方で首相補佐官を務める衛藤晟一(えとう・せいいち)氏や自民党政調会長である稲田朋美氏のように、宗教ナショナリズム的な思想と深く結びついた有力な政治家がいるのも事実です。我々はそうした人たちの思想がどこから来ているのか? 彼らが日本をどこに連れていこうとしているのか? 戦前の日本がたどったこの国の歴史や、彼らの宗教ナショナリズムの核となっている国家神道の成り立ちも振り返りながら、しっかりと見極めることが必要だと感じます。
戦後の平和な70年も日本の「伝統」
小林 僕の言いたいことは非常にシンプルです。つまり、彼らはやれ「自主憲法制定」だの「美しい日本の伝統に戻れ」だのと言うけれど、日本をあの不幸な戦争に追い込んだ大日本帝国憲法下末期の「狂った20年」こそが日本の伝統だという。誰がどう考えてもまったく筋が通らない。
だったら、そうやってバカな戦争に負けたという歴史や、戦後、日本が一度も戦争をすることなく平和な国際国家として70年を過ごしたという事実も同じく歴史として勘定に入れなきゃおかしい。それもまたこの国の「伝統」の一部じゃないですか?
僕は生まれつき手に障害があって、子供の頃はそれを理由に友達からイジメを受けていたから、ずっと悩み、考え続けてきた。だから、人生を支える要素として宗教が人間にとって大切なものだということは否定しません。
ただし、宗教は個々人それぞれの生き方を支えるという意味で大切で、誰かから、ましてや国家から特定の宗教や思想を押しつけられるような世界では民主主義なんて絶対に成立しない。
人間はみな平等で、かつ、それぞれ違っていていいんです。それを守ってくれる大切な砦(とりで)が憲法であり、立憲主義だということを、もっと多くの人たちが理解してほしいですね。
(構成/川喜田 研 撮影/岡倉禎志)
●島薗進(しまぞの・すすむ) 1948年生まれ。宗教学者。東京大学大学院人文社会系研究科名誉教授。上智大学神学部特任教授、グリーフケア研究所所長。専門は日本宗教史。日本宗教学会元会長。主な著書に『国家神道と日本人』(岩波新書)、『愛国と信仰の構造 全体主義はよみがえるのか』(中島岳志氏との共著・集英社新書)など
●小林節(こばやし・せつ) 1949年生まれ。憲法学者、弁護士。慶應義塾大学名誉教授。モンゴル・オトゥゴンテンゲル大学名誉博士。元ハーバード大学ケネディ行政大学院フェロー。著書に『「憲法改正」の真実』(樋口陽一氏との共著・集英社新書)など。政治団体「国民怒りの声」を設立、参院選比例代表に出馬する考えを表明