2013年、米海軍は駆逐艦「デューイ(DDG-105)」に搭載されたSSLのプロトタイプを公開

安倍政権が「敵基地反撃能力」として巡航ミサイル「トマホーク」や陸上配備型イージス「イージス・アショア」の導入を検討している。北朝鮮の脅威に乗じる形で、ミサイル防衛体制の強化を進めようとしているのだ。

しかし、これらの兵器の“売り主”であるアメリカは反撃どころか、敵基地を無力化させる工作や兵器を開発していた。『武器輸出と日本企業』(角川新書)で日本の武器ビジネスの現場をレポートした東京新聞記者の望月衣塑子(いそこ)氏が前編に続き、その内実に迫る!

■日進月歩のレーザー兵器

マルウェア以外にも、米軍は敵の攻撃力を無力化させるためのさまざまな研究開発を続けてきた。例えば迎撃ミサイルの研究は、1960年代からスタートしていたが、83年にレーガン大統領がミサイル防衛構想「SDI」を打ち出して以降、「ABL」(Airborne Laser)の開発が一気に進んだ。

ABLとは、発射直後の敵ミサイルを、空中で撃墜する高出力のレーザー兵器だ。そして02年、ボーイング社は、ABLを搭載したジャンボジェット機「YAL-1A」の初飛行を実施。高度4万フィート(1万2000m)から強力な攻撃が可能になると米軍から期待された。

ところが、ABLの強力なレーザー照射には、

●一発につき3MW(メガワット)の電力(日本の約1000世帯分!)が必要(それゆえに、ジャンボジェット機に搭載する必要があったのだ)。

●水酸化カリウムなど原料に有毒なものが多く、照射後に出る廃液が猛毒物質になる。

といった理由で、米海軍を中心に「実用では使えない」との異論が続出。これらの課題をクリアできず、結局、11年に開発中止が決定した。

「しかし、米軍は諦めませんでした。今、ABLに代わる次世代のレーザー兵器として研究・開発を進めているのが、『SSL』(Solid State Laser)です。SSLは有毒な物質を一切使わずに照射できるレーザー兵器で、かつてABLに難色を示した米海軍も、開発に期待を寄せています。

ただ、やはりABLと同様、メガワット級の電力を賄う超大型発電機が必要になる。またSSLは、レーザー照射の際に機体がものすごい熱を発するため、大型の冷却設備を備えたズムウォルト級駆逐艦(DDG1000)にしか装備できません。そのDDG1000は、1隻約30億ドル(約3300億円)と、とにかく高く、量産は困難です。

大電力と大型冷却装置を備えた米海軍「ズムウォルト級駆逐(DDG1000)」には、高性能の次世代レーザー兵器・SSLが搭載される

どんな研究にも軍事転用の目を光らす

そのため米軍は、熱を抑えるために弱い発電力で照射することも考えましたが、それだと至近距離で長時間レーザーを当て続ける必要がある。そうなると、たとえ敵ミサイルの破壊に成功しても、その破片が駆逐艦や、その周辺を飛んでいる味方の航空機に直撃して大惨事になりかねない。

このように課題は山積みですが、米軍の期待はいまだ高く、現在、発電機の小型化を進めています。これが実現すれば、電気がある限りレーザーを何発でも発射でき、弾道ミサイルを撃墜するだけでなく、イージス艦やレーダーサイトなどの司令塔を直接破壊するなど、敵基地を無力化する、最も有力な兵器のひとつになるでしょう」(戦闘機開発を手がける欧米の大手軍事企業幹部・A氏)

現在、アメリカ国防総省は、ロッキード社やレイセオン社など大手軍事企業に、発電機の小型化の開発を競わせている。SSLが実用化される日は間近に迫っている。

■どんな研究にも軍事転用の目を光らす

敵基地無力化の新兵器はまだある。戦闘機に装備するミサイル「HARM」(High-Speed Anti Radiation Missile)もそのひとつだ。HARMは、敵軍の地対空ミサイルのレーダーシステムから出される電波を察知し、そこへ向けて自ら軌道修正、爆撃を行なうミサイル兵器だ。たとえ敵基地がHARMを察知し、レーダーをストップしても、基地から出る微弱電波を頼りに目的物に突進し、破壊する。

米マサチューセツ州に本拠地を置く、世界最大のミサイルメーカー、レイセオン社が開発した「AGM-88」はHARMの一種だ。たとえ敵基地に到達できなくても、敵軍にミサイルの技術などの情報が渡らないよう自爆装置も組み込まれている。

敵基地の電波を察知し、ターゲットに向けて自動で軌道修正を行なうミサイル「HARM」。その最新型は自爆装置を備えた「AGM-88E AARGM」(写真)の改良版「AGM-88F HCSM」で、16年より配備

レーザー兵器の精度を高める研究も盛んだ。レーザーは熱を浴びると歪むため、ターゲットに向けて照射しても大きく逸(そ)れる可能性がある。このズレをなくすため、熱によって歪む数値を計算し、ターゲットからずらして照射、最終的には敵基地を正確に命中する、という技術を開発した。これを実現したのは天体望遠鏡「すばる」にも用いられている、「アダプティブ・オプティクス」(適応光学)の原理だった。

「米軍は、軍事からは遠い研究も積極的に取り込もうとアンテナを張っている。あらゆる角度から、敵の攻撃力の無力化する技術の開発を進めているのです」(前出・A氏)

核兵器を無力化する「ニュートリノ」の可能性

■核兵器を無力化する「ニュートリノ」の可能性

さて、ここまでは、アメリカが「敵基地無力化」に全力を注いでいる様子を見てきた。では、日本は? 前出のA氏とは別の欧米防衛企業幹部・B氏はこう話す。

「日本の防衛省の官僚は『米軍は兵器の技術を開示せず、開発費用のカネだけを(日本政府に)要求する』と不満を漏らしますが、同盟国であれ、そんな軍事機密を簡単に明かすわけがない。そんな恨み節を言うのは、結局のところ、日本が米軍の軍備技術とその開発力にキャッチアップできていないから。

日米安保を盾に『米軍と防衛装備での一体化を続けることこそ最大の抑止力』というしかない状況に置かれているのが、日本の国防の現実です」

民進党所属の元衆議院議員、末松義規氏もこう強調する。

元CIA職員のエドワード・スノーデンが、アメリカ防衛企業の職員を偽り、横田基地に出入りしていた際、電力施設など大規模インフラ設備の拠点にマルウェアを仕掛けたと、映画監督のオリバー・ストーンに告白している。つまり、アメリカは同盟国だろうとまったく信用していない。そういう国です」

末松氏は03年から04年にかけて、アメリカでの軍事技術の視察に参加。ロサンゼルスにあるウィリアムズ基地を見学し、ジェット機に積まれたABLを視察した。ジェット機には、ABLに使う化学剤や化学装置が大量に詰み込まれていたという。

「何百kmも離れたミサイルに何度もレーザーを照射するという構想は壮大でした。

一方、日本でも、レーザー研究が専門のある大学教授が、防衛関連企業とのレーザー開発研究に携わっていましたが、政府から出た予算は数億円程度。彼は『これでは日本はアメリカにどんどん取り残されていくだけだ』と嘆いていました」(末松氏)

そのとき見聞きしたさまざまな技術の中で末松氏が注目したのが、米国で研究が進むEMP爆弾(Electromagnetic Pulse)だった。EMP爆弾は、人工衛星などから電磁パルスを照射する兵器。電磁パルスは敵軍の建物の壁を貫通し、人間を殺さず、敵方の司令塔である電子回路やシステムを破壊し、無力化させる。

これは現在、サイバー攻撃と並び、北朝鮮のミサイルを無力化できる手段として、アメリカでは注目を集めている。

また、末松氏はニュートリノ(物質を構成する最小単位=素粒子のひとつ。あらゆる物質をすり抜ける性質を持つ)に関する、ある研究にも注目する。

「12年、『ニュートリノを使って核兵器の原料である核物質を原子転換させれば、核兵器そのものを使えなくさせることができる』という方法が、原理的には可能だという論文が発表され、話題を呼びました。ただ、発表直後に、アメリカの諜報(ちょうほう)機関が研究者に接触を図り、怖くなった研究者は、以降、“ニュートリノを使用した核無力化”についての論文を書かなくなったそうです。

でも、これは日本にとっても無関係ではない。憲法9条で交戦権を否認する日本にとって、EMP爆弾や、ニュートリノの軍事転用といった、戦わずに敵の兵器を無力化できる技術は、本気で議論するに値すると思います」(末松氏)

「無力化作戦」のマイナス面

■「無力化作戦」のマイナス面

11年7月、アメリカ国防総省は、初のサイバー戦略を公表し、サイバー空間を陸、海、空、宇宙空間に次ぐ「第五の戦場」と位置づけ、米政府や関連のネットワーク施設が攻撃を受けた場合、軍事報復もいとわない姿勢を示した。

これを受け、日本もサイバー戦略の強化を決定。20年の東京五輪・パラリンピックに向けて、17年度中に敵ハッカーに対抗する「ホワイトハッカー」の人材育成やサイバー攻撃研究を行なう「産業サイバーセキュリティセンター」を発足させた。

しかし、日本のサイバー対策への支出は16年度で570億円。アメリカの190億ドル(約2兆2000億円)に比べ、38倍もの開きがある。また、アメリカが抱えるサイバー要員は2万人を超えているとされている。

それに比べると、日本はサイバーでもレーザー兵器でも、十分な開発予算や人員がかけられていないのが実情だ。

日本ももっと予算と人員を「無力化作戦」に投入すべきなのだろうか? しかし最後に前出のA氏は、日本人に対して、こんな警告をした。

「注意してもらいたいのは、アメリカではサイバーにしろレーザー兵器にしろ、戦争に利用できる技術の開発と使用を、国民が容認しているという背景がある点です。対して日本の文化は、『国防のために』とマルウェアを世界にまき散らす発想を容認できるのか?

もうひとつ言うと、そうしたアメリカ流の『国防のためならなんでもあり』の発想に立つと、結果として、政府による個人のプライバシーの侵害も一気に進み、また、武器開発への巨額な予算も安易に認められていくという負のスパイラルも出てくる。米国の技術に憧れるのはいいが、その結果として起こりうる国民へのマイナス面もよく吟味した上で、この『無力化作戦』を考えていくべきでしょう」

(取材・文/望月衣塑子 写真/時事通信社 アフロ Wikimedia Commons)