立ち退きを拒否するアピールが玄関に貼られている

来たる7月2日に迫った都議会選を前に優勢とされる都民ファーストの会だが、第1回記事「都民ラスト? 完成まで200年の『スーパー堤防』計画で“おしゃれに安全を確保”…」、第2回記事「“外環道ファースト”? 総工費1兆6千億円の問題だらけな大事業に小池都知事は無反応…」に続き、小池都知事の都政に懸念を覚えざるを得ない問題はまだある。

雑踏の池袋駅(東京都)から電車でわずかに5分の場所に下町の香りが充満する十条銀座商店街(東京都北区)がある。脇道も入れると総延長約800メートルに約200の店がひしめき合い、あちこちの店で行列ができている。

この商店街とわずか20メートル離れて平行に走る道路計画「補助73号線」があることを商店街の人たちが知ったのは4年前。予算額140億円だというが、驚くのはそれが70年以上も前の終戦直後に策定された復興道路計画で、なぜか東京オリンピック開催の2020年までの完成を目指している…。商店主のひとりが声を荒げる。

「冗談じゃないよ。この近くを走る環7(幹線道路の環状7号線)と同じくらいの幅20メートルもあるっていうんだから。そんな道ができたらお客さんはもうここには来れないし、何よりも250軒の民家も立ち退かされるんだ。私は絶対に反対だね」

また、この73号線は商店街のメインルートとは平行だが、脇道にある商店や倉庫などはもろに直撃される。生鮮食品販売業の主人は「メインルートにある店舗は大丈夫ですが、冷凍庫のある倉庫がやられます。その倉庫のために代替地をもらっても、そこからここに品物運んで通えっていうんですかね」と都への不信をあらわにした。

自宅の一部が補助73号線にかかってしまう、ある高齢男性も憤りを隠さない。

「東京都が開いた説明会はわずか2回。何もわかりません。都はこう言うんです。これは北区の要請で始めたと。でも、区は都の要請で始めましたって。ふざけています。私は生まれも育ちもここ。今さらどこに行けますか。最期までここにいたいです」

このゾンビのように蘇った道路計画、実は都内に28ヵ所もある。総距離にして約25キロ。総事業費3500億円だ。

都は「東京における都市計画道路の整備方針(第四次事業化計画)」の中でこれらを「特定整備路線」と定め、住宅密集地の延焼を防ぐ防災道路であると位置付ける。だが、北区の住民への説明では「不燃化率は0.8%上がる」程度で、ほとんど効果がないことが明かされている。

十条銀座商店街のメインストリート

では一体、なんのための道路なのか? 「そこなんです」と解説してくれたのは市民団体「庶民の町十条を守る会」の世話人のAさんだ。

「実は、都と北区は十条駅の真ん前に40階建て、高さ140メートルの超高層マンションの建設を含めた駅前再開発を目指しています。これが本丸です。それを可能にするには、工事用車両の出入りがしやすいように幅のある道路が必要になる。それが補助73号線の新設であり、既存のバス通り(85号線)の拡幅であり、駅の高架化に伴う側道建設です。総工費は847億円。これらの計画で、十条駅周辺では600軒、2100人が立ち退くことになります」

「中止したら、もうヒーローですよ」

十条駅前に建設予定の高層ビルのイラスト

これでは地域がめちゃくちゃになる、と危惧するのも当然だろう。実際、十条では半数以上の住民が立ち退きに反対。それゆえに、昨年の都知事選では小池百合子候補に期待をした住民が少なくなかったという。というのも、東京都小金井市の市民団体「はけの自然と文化を守る会」がその知事選において候補者らにアンケートを送っているが、小池候補(当時)がこう回答したからだ。

「地域住民の合意、自然環境への影響という観点で、見直しが必要な路線もあると考えております。地元から強い疑義が提起されている路線を実際に巡視し、地域住民の皆様とも対話し、優先整備路線に位置付けることが不適切だと判断される路線に関しては、大胆に見直しを進めていきたい。前知事が決めたからといって、そのまま踏襲する硬直的な考えは一切持っておりません」

十条銀座商店街のサブストリート。ここを真横に幅20メートルの補助73号線が通る。多くの商店と人家が失われる

ところが、小池知事は就任から9ヵ月を過ぎた今も28の特定整備路線のどこも視察をしていない。そして知事就任後の記者会見では、記者からの質問に以下の答弁を行なっている。

「道路の確保は日常生活、経済活動などに資するからこそ進めていくケースが多い。一方、どう環境を守っていくかという別の重要なテーマがある。路線については、さらに事務方(都市整備局)から詳しく聞いてまいりたい」

つまり、豊洲移転問題のように自分の意志で仕切るのではなく、まずは特定整備路線を推進している事務方からレクチャーを受けてからということだ。

十条も含め、この問題に関わる10以上の市民団体で組織する「東京都特定整備路線連絡会」は、小池知事に宛てて「住民追い出し・まち壊しの特定整備路線の建設中止を求める署名」を集める運動を続け、ふたつの団体(北区、板橋区)は一昨年、計画の中止を訴え裁判も起こしている。今年2月8日には都庁前での街宣活動も展開した。

冒頭に登場した商店主が声を大にして訴える。

「もし小池さんがこの特定整備路線計画を中止したら、もうヒーローですよ。こんなバカげた計画をよく止めてくれたってね。だから一度でいいから来てほしいんだ」

それでも多忙な小池知事はこの問題を他と同様、いつまで先延ばしにするのか…。実際、事務方にレクチャーされているのかいないのかすら定かではないが、まずはご自分で視察し、住民の声に耳を傾けることが都民ファーストではないだろうか?

(取材・文・撮影/樫田秀樹)