2017年は政治の景色が様変わりした1年だった。秋の総選挙では民進党が分裂、結果的に立憲民主党の躍進に繋がったが、この時、キーワードになったのが希望の党の小池百合子代表(当時)が放った「リベラルは排除します」という言葉。
「リベラル」って堂々と「排除します」と言われてしまうモノなんだ…と驚きつつ、よく考えてみると日本における「リベラル」の定義は曖昧(あいまい)で、何を指しているのかよくわからない。
日本のリベラルとアメリカのそれは同じなのか? そもそもリベラルとはなんなのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第102回は年末スペシャル編として、来日24年のアメリカ人マルチタレント、「パックンマックン」のパックンこと、パトリック・ハーラン氏に聞いた――。
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―日本における「リベラル」や「保守」の色分けって曖昧でわかりにくい…ということで、アメリカと日本、ふたつの社会に生きてきたパックンに聞く「リベラルとは何か?」というのが今日のお題です。
パックン いいテーマです! まず、日本で最も保守的な政党の英語名が「リベラル・デモクラティック・パーティ(自由民主党)」ですよね。
―そうですね。排除されなくていいのかな?
パックン ね! 1955年に自由党と民主党が合併して自民党が誕生した当時は、「自由」も「民主」も今よりは素敵な響きを持っていたと思うし、名は体(たい)を表すというか、「自由民主党」という党名が意味するものは明確だったと思うんです。余談ですが、それと比べて「希望の党」って漠然としすぎているし、もうちょっと政治理念を党名に表してもいいんじゃないかなと思います。その点、立憲民主党はわかりやすいですけど。
一般的に、日本では自民は右で、民進・共産・社民などは左と解釈されてきたけど、実際にそれぞれの政策を見てみると、例えば原発推進派が民進党にいたりして、左右の違いがそれほど明確ではない場合も多い。特に民進党は、党内に右派・左派が複雑に混在していたために党としても政治理念が見えず、非・自民党支持者の受け皿となれなかった。
そういう意味では、総選挙で希望の党は「いい仕事」をしてくれましたよね。小池さんの「リベラルは排除します」は、「排除」というイメージの悪い言葉を使ったという点でダメというか、小池さんらしくないと思うんだけど、あの発言で民進党内のリベラルと保守の色分けがわかりやすくなりましたからね。そのおかげで、立憲民主党を立ち上げた枝野さんは「排除する」という言葉を使わずに、非リベラルを「排除」することができた! そういう意味ではよかったんじゃないですか。
とはいえ日本の場合、立憲民主党の左は「まあまあ左」という程度だし、自民党の右は「やや右」であって、どちらも政治的には狭い触れ幅の中で分かれているという印象で、政策的な境界線には曖昧な部分も多い。アメリカ人から見たら、あるいはヨーロッパ人から見てもそうかもしれないけど、日本の政治を「こっちはリベラルで、こっちは保守」と選別するのは、我々の目から見ると難しく感じることも少なくありません。
というのも、アメリカ人は「リベラルvs保守」という二極体制の政治構造に生まれた時から慣れているので、あらゆる政治的問題において「これはリベラル派の考え方」、「これは保守派の考え方」というふうに明確に区切ることができる場合が多いんです。
本来は「リベラル=小さな政府」だが…
―それはそのまま、アメリカではリベラル=民主党、保守=共和党という色分けになりますか?
パックン 基本的にはそうですね。ただ、アメリカの場合もそうとは言い切れないケースもあります。例えば、昨年の大統領選でヒラリー・クリントンと民主党候補を争ったバーニー・サンダースは、自ら社会主義者と名乗るほどリベラルの代表というイメージですが、実は「銃規制反対」の立場です。
また、オバマ政権が作ったアメリカ初の国民皆保険制度と言われるオバマケアだって、日本の国民健康保険のような公的保険じゃなくて、国民が民間の保険会社と契約する形になっています。これは企業が一番喜ぶパターンですし、元々、保守派の案でした。だから、オバマ前大統領はリベラルと言われているけど、ヨーロッパのリベラルから見ると、ちょっと違うんじゃないかな。
ただし、そんなオバマでさえ、米国内では「社会主義」だと言われてしまうんです。このようにアメリカは全体的に「右の国」であって、右の人たちはリベラルという言葉を社会主義と同じレベルでの「けなし文句」として使っています。
―なるほど。すると小池さんが放った「リベラルは排除します」の「リベラル」は、そうした「けなし文句」としてのリベラルに近いのかもしれませんね。ところで、アメリカにおけるリベラル/保守のカテゴライズの基準って具体的にはなんでしょう?
パックン リベラルや保守の定義って、実は時代によっても変わるものだと思うのですが、現在のアメリカだとリベラルは「政府の力で弱者やマイノリティを守る」ことを優先する人たちで、保守は「政府の邪魔から企業を守る」ことを優先する人たちだと考えていい気がしますね。ただし、アメリカでもリベラルや保守の定義、考え方は時代によって大きく変化しているんです。
ここで少し、リベラルという言葉の本来的な意味について触れておきたいのですが、リベラルの語源は「リベラリズム=自由主義」ですよね。これって、元々は政府が個人の自由を侵害しないという考え方です。自由を守るためにはどんどん規制を撤廃していく。経済活動の自由を守るために、あまり税金も取らない。当然、税収が減るから公共事業や公的サービスの予算が削られ、「小さな政府」になる。つまり、本来は「リベラル=小さな政府」なんです。
ところが、今はそれが逆転していて、リベラルは弱者への社会保障を充実させようとする「大きな政府」を志向し、保守は逆に「小さな政府」を打ち出している。そして、この「小さな政府」は企業の自由を守ると考えます。規制を撤廃する、税金を減らして政府による「富の再分配」の役割を小さくする代わりに市場での競争と自己責任を重視する考え方です。
この主調の逆転の背景には、共和党の大成功した戦略があります。敬虔なキリスト教徒の社会的保守派と企業を保護する経済的保守派を巧妙に結びつけたのです。本来、このふたつは相反する。キリストの真の教えは何かというと「隣人を愛すること」…つまり、弱者救済ですからね。どっちかといえば、今で言うリベラルの考え方に近いはず。
ところが、共和党は50~60年代から、牧師たちに支援金を渡しながら、何万人も入るスタジアムで説教させました。そこでの教えは「成功した人は神様に選ばれた人」というもの。イエス・キリストは、お金持ちが天国に行くのは「ラクダが針の穴を通るくらい難しい」と教えていました。ところがこの牧師たちは、神様は我々ひとりひとりが頑張って豊かさを勝ち取ることを望んでおられると教え、「お金持ち=善」となったのです。
大金持のトランプ大統領は「大善人」!?
―競争と自己責任を肯定するわけですね。じゃあ実業家として大金持ちになったトランプ大統領なんて「大善人」だ!
パックン そうです! イエス・キリストは財産にしがみつくなと教えていたんですけど、「お金持ちはお金持ちのままでいいよ」と言われたほうがずっと楽ですよね。このようにして、共和党は神様をも自分たちのものにして、巧妙にキリスト教徒のハートを掴んだ。さらに「ファミリー・バリューズ」といって「家族的道徳」を喧伝して、例えば中絶反対、同性婚反対、銃規制反対などを理論化していった。
アメリカでは1973年に中絶を規制する国内法を違憲とする最高裁判決が出て、中絶は女性の権利として認められています。しかし現在、共和党の動きによって、中絶する医師には特別な資格が必要だとか、特別な施設が必要だとかどんどん規制をかけて、事実上できない環境にしているんですよ。その一方で、共和党は貧困層に生まれた赤ちゃんを救済する法律には異を唱える。それのどこが家族的道徳なんだよ!と我々リベラルは思うわけですけど。
―キリスト教徒が中絶や同性婚に反対するのはなんとなくわかるけど、銃規制反対というのはどういう理屈なんですか?
パックン やや複雑ですが、そういう保守的なキリスト教徒は地方に住む人が多くて、この人たちの気持ちを煽(あお)るためには銃の問題を持ち出すことが効果的なんです。共和党のレトリックは善悪をハッキリさせること。世の中には悪人がいる、悪人を止める唯一の手段は善人が銃を持つことだ、銃は家族を守るための必需品だという論理です。
―我々、普通の日本人にはなかなか理解しがたい理屈ですが…(汗)。
●後編⇒日本の政党は“右往左往”してる──パックンが「リベラル/保守」の矛盾をズバリ衝く!
(取材・文/川喜田 研 撮影/保高幸子)
●パトリック・ハーラン 1970年生まれ、米国コロラド州出身。ハーバード大学卒業後、1993年に来日。吉田眞とのお笑いコンビ「パックンマックン」で頭角を現す。最新刊『世界と渡り合うためのひとり外交術』(毎日新聞出版)など著書多数。BS-TBS『外国人記者は見た+日本inザ・ワールド』(毎週日曜夜10時~)のMCを務めている