第15回 開高健ノンフィクション賞を受賞した『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)の著者・畠山理仁氏は、20年にわたって選挙の現場に足を運ぶ中で、熱い志を持ちながらもマスメディアの選挙報道ではほとんど報じられない無名の候補者たちの戦いを取材してきた。
魔力にも似た選挙の熱気の中で、たったひとりで奮闘を続ける“無頼系独立候補”たちの強烈なエネルギー、そして彼らが黙殺され続ける選挙システムの異様さを鮮やかに浮かび上がらせ、「開高健賞の新境地をひらく作品」(姜尚中氏)、「ただただ人であることの愛おしさと愚かさを描いた人間讃歌」(藤沢周氏)、「畠山さんの差し出した時代を映す『鏡』に、思わず身が引き締まる」(茂木健一郎氏)等、選考委員各氏も絶賛。
そこで、この作品を読んで「目からウロコが落ちた」という久米 宏さんに、第1回に続き、現在の日本の選挙の問題点や民主主義の行方などを著者の畠山氏と存分に語り合っていただいた!
■久米 宏はなぜ立候補しないのか
畠山 久米さんは、いわゆるタレント候補と呼ばれる人たちがそれまでの主張も何も関係なく、選挙で担がれて当選していくということについて、どうお考えですか。
久米 要するに、テレビに出ていたから、ということだけです。無頼系の人たちがなぜ主だった候補にならないかというと、有名じゃないからということだけなんです。タレント候補の人たちは地道に政治活動をしてきたわけでもないし、無頼系候補の真裏というか、まさに逆インディーズでしょう。
畠山 逆インディーズ(笑)。
久米 テレビは視聴者のためにあるものなのに、自分の名前を売って政治家になることが目的でテレビに出るという人は、はっきり言って、許せないですね。僕の知り合いでは、亡くなった永六輔さんや大橋巨泉さんも立候補しましたけど、彼らは自分の考えを国政に生かしたいという気持ちを持っていた。そうではなくて、ただテレビに出ていたから票を取るということに対しては、僕はものすごく抵抗があります。
畠山 それこそ、久米さんにも立候補の依頼が何十回とあったと思いますが。
久米 そうですね。都知事選なんて、毎回のごとく「出てほしい」と言われます。
畠山 毎回!
久米 全部、握りつぶしていますけど(笑)。自民党からも「出ないか」と言われたことがありますし、打診されたことがないのは共産党と公明党だけです。僕、代々木にある昔の共産党本部を壊して建て直す前に、不破哲三さんに中を全部案内してもらったこともあるんですけど、「こいつはダメだ」と思われたんじゃないですか(笑)。
畠山 もしかしたら、これからくるかもしれない(笑)。それにしても、共産党以外の全部の党から打診があったというのは、党派の違いはほとんどないということになりますね。
久米 今と同じですよ(笑)。つまり向こうが「この人が出たら当選するだろう」と思えば、考え方なんてどうでもいいんじゃないですか。
政治家になるなら、とっくになっていますよ(笑)
畠山 でも、久米さんご自身は「出たら当選するだろう」と思いませんでしたか?
久米 思ったりしましたよ。だから、「当選したらやばいな」と(笑)。僕は政治家になる気は昔も今も全くないし、テレビとラジオに全力投球しているので、政治家をやる余裕なんてとてもありません。大体、政治家になるなら、とっくになっていますよ(笑)。
畠山 ところで、久米さんにずっとお聞きしたかったんですが、安倍政権は「こういう報道はけしからん」といった文書を各テレビ局に送るなど、メディアへの圧力をかけていますよね。例えば、久米さんが「ニュースステーション」をされていた時、そうしたプレッシャーはあったんでしょうか。
久米 僕個人には全くないですね。昔、中曽根(康弘)さんの地元の群馬県に取材に行った時、僕だけ記者会見場に入れなかったということはありましたけど、ロープが張られて、僕ひとりが会見場の外にいるなんて、テレビ的にはこれ以上ない最高のセッティングで、スタッフ全員ガッツポーズ(笑)。「ありがとう、中曽根さん!」と思いました。
畠山 「なぜ排除するんだ」と思われませんでしたか?
久米 それは、自民党政権への批判をずっと言い続けていましたから。中曽根さんはその頃、自民党総裁だったから「あいつは許せない」と思ったんでしょう。群馬県自体入れないって言われたぐらいですから。
畠山 まるで関所に向かうお尋ね者(笑)。そういう敵地に乗り込んでいくというのも、取材の醍醐味(だいごみ)ですね。
■マック赤坂が都知事になったら豊洲問題は解決する?!
畠山 「何を基準に投票しますか」というアンケートの回答で毎回一番多いのが「政策」なんですけど、これを読むたび、僕はびっくりするんです。政策で投票するんだったら、知名度だけの候補者が当選するわけないじゃないですか。
久米 無頼系の人たちの政策の中には、結構グッドアイディアがありますよね。例えば、僕が個人的に子どもの頃から思っていたことですけど、「江戸城天守閣再建」なんて、素晴らしい公約ですよ。しかも民間から投資を募ってやるというんだから、それこそ小池さんパクればいいのに。
畠山 「江戸城天守閣再建」は、この前の都知事選でも複数の候補が公約に掲げていましたね。
久米 無頼系の人たちは何回も立候補しているから、公約がすごく練られているし、政策の本数も多い。ちょっとケタ外れのアイディアもありますけど、そういうものの中にも、主だった候補が考えつかないような意外性や可能性も含まれているわけで、そこに見るべきものがあるという、この本の意見に僕もとても賛同しました。
マック赤坂が都知事でも全然おかしくない
畠山 知名度がない候補者たちにとっては政策しか拠(よ)り所がないと言ってもいいぐらいなので、本当によく考えて作られたものが多いんです。選挙が終わった後になって、彼らの公約が当選者にパクられることもあったりします。
久米 僕は政治の世界のことはよくわかりませんけど、マックさんが都知事になっても全然おかしくないです。
畠山 マックさんは僕が取材してきた10年間、ずっと同じことを言い続けてきた人なので、公約にないことをいきなりやるということはたぶんない。だから逆に信頼できるということはあるんですけど、その冒険をしようと思う有権者が少ないということなんでしょうね。
久米 さっきも言ったように、僕はマックさんはまっとうだと思っていますけど、多くの有権者がまっとうだと思っている人が都知事になるのと、マックさんが都知事になった場合と何が違うんだということですよね。
例えば彼が都知事になって、豊洲や築地で踊ったとするじゃないですか。そうしたら当然ニュースになりますし、ピコ太郎みたいに世界中に配信されたりするんですよ。もちろん、マック赤坂が踊っても、問題は何も解決しないんですけど(笑)、結局、議論ってその程度のものじゃないかと思うんです。
築地に残りたいという人も、豊洲に行きたいという人も説得することはできないで、みんな膠着(こうちゃく)状態に陥っている中、都知事が踊っている。こんなの世界初だとショックを与えて、もしかしたら東京の株が上がったかもしれない。それって今の政治に対する一種のアンチテーゼというか、政治とは何かということを本当に考え直すきっかけになって、ノーベル賞をもらえるかもしれない。
畠山 ノーベル平和賞ですね(笑)。すごく楽しいというか、わくわくする話ですね。
久米 みんな困るんですよ。今までの議論は一体なんだったんだと言っても、「いや、知事が踊っているんで」みたいなことになって、築地の人も「しょうがねえや」って諦めてしまう(笑)。
畠山 すごい破壊ですね(笑)。でも、それぐらい革新的なことが起こらないと、政治の世界はなかなか変わらないと思います。社会をなんとかしたいと思って立候補しても、それで当選するような人はまず出てこない。このままだと、政治という業界自体が衰退してしまうんじゃないでしょうか。
久米 本当に、親と同じ名字の候補者には投票しないぐらいの気概が選挙民にほしいです。
◆第3回⇒久米宏の目からウロコが落ちたーー “日本列島全員立候補”のススメ「もっと権利を行使して意見を自由に言えばいいんです」
(構成/加藤裕子 撮影/三山エリ)
●畠山理仁(はたけやま・みちよし) フリーランスライター。1973年愛知県生まれ。早稲田大学第一文学部在学中より取材・執筆活動を開始。関心テーマは政治家と選挙。著書に『記者会見ゲリラ戦記』『領土問題、私はこう考える!』。取材・構成として『10分後にうんこが出ます』(中西敦士著)等。
●久米 宏(くめ・ひろし) 1944年埼玉県生まれ。67年、TBSに入社。79年同社を退社しフリーとなる。『ニュースステーション』や『ザ・ベストテン』など多くの番組を担当。現在、TBSラジオ『久米 宏 ラジオなんですけど』を中心に活躍中。近著に『久米 宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』がある。