『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、日本におけるインディビデュアリズム(個人主義)の欠如について指摘する。

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2012年末の衆議院選挙で自民党が圧勝し、第2次安倍政権が発足して以来、政治をめぐる議論は極端に二分されてきました。

SNSのみならず多くのメディアでも、突き詰めれば「安倍首相は悪魔だ」「いや、真のリーダーだ」という単純な善悪論を設定してしまっているように見えます。モリカケ問題も、あるいは自民党総裁選もそうでした。

しかし振り返ってみれば、日本はずっとそうだったのかもしれません。戦後、長きにわたり左右両陣営は馴れ合いのイデオロギー合戦に明け暮れてきました。

55年体制が崩れた後の国会においても、常に与野党双方の存在意義が優先され、本質的な課題を巧みに避けた"お決まりのテンプレート"に多くのテーマが押し込まれた。メディア各社も"お気に入りの物語"をなぞった報道を続け、国民もそれに飼い慣らされた。

その馴れ合いによって、安定した社会が続いたのは事実でしょう。しかし、今や国境の外側も内側も、環境が大きく変わってしまいました。例えば、不透明な北朝鮮情勢、膨張する中国、民主主義陣営をハッキングするロシア、平気でさまざまなハシゴを外そうとする米トランプ政権。国内でも少子高齢化と人口減でパイが急激に狭まろうとしています。

それでも、左右両陣営が出口のない問題設定をし、詭弁(きべん)を弄(ろう)し、本気でゴールを奪いにいかないのはなぜなのか。その知的怠慢が、あらゆる問題を先送りにしてきたのに。

僕のたどり着いた結論はこうです。

「左も右も、今ある環境を変えたくない。個人のレベルで『自分とは何か』『自分はどうありたいか』という問いに向き合っていない」

まるで自己啓発論のように聞こえるかもしれませんが、僕が言いたいのは日本におけるインディビデュアリズム(個人主義)の欠如です。個人としての確固たる価値観がないから、「自分はこういう社会を望む」という理想像が生まれない。国なり組織なりに助けてもらうことしか考えられない。そんな構図です。

これを読んでいる「あなた」という個人に問いたい。国や組織や政治家、つまり誰かに期待しすぎていませんか? もちろん他者に期待してもいいけれど、一方的に期待すればするほど、その後の絶望は大きくなるものです。

そもそも、自分は変わりたくないのに、世の中には自分に都合がいいように変わってほしいなんて、そんなことはありえません。世界はそんなあなたを中心に回っているわけではないからです。

ネトウヨにせよSEALDsにせよ、目の前にボウッと現れた"正義のように見えるもの"に飛びついた経験のある人も少なくないと思いますが、それはポピュリズムへの耐性の低さを示します。

今後は「多様性」や「弱者利権」といったキーワードの下で、また左右両陣営がイデオロギーのぶつけ合いを始めると思いますが、同じようにどちらかの陣営に簡単に絡め取られてしまうでしょう。

ここから脱出するには、自分の経験や思考の半径を広げる努力をするしかありません。オールドスクールの「右翼」や「左翼」(若くてもそういう人は大勢います)に絡め取られることなく、現実だけを見て、自分がどう生きたいか、この国をどうしたいのか、もっと真剣に考える人が増えればいいと心から思います。

●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。日テレ系情報番組『スッキリ』の木曜コメンテーター。ほかに『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』(朝日放送)、『報道ランナー』(関西テレビ)などレギュラー多数。2年半におよぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!

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