結局、トランプは勝ったのか、それとも負けたのか――。専門家の評価も揺れている米中間選挙の結果を、『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが独自の視点で分析。
キーワードは多様性の躍進、そして"隠れた勝者"は大麻解禁。アメリカはどうなっていくのか?
■次々と誕生したマイノリティ女性議員
米トランプ政権の"中間採点"と位置づけられていた中間選挙は、与党・共和党が上院で過半数を維持し、野党・民主党が下院の過半数を8年ぶりに奪還しました。この結果についてはさまざまな見解が見られますが、僕個人としては「アメリカ社会の多様性がまた一歩前進した」という実感を強く持ちました。
まずは女性の大躍進。#MeTooの流れもあり、下院では過去最多96人の女性議員が誕生しました。しかもソマリア系(ミネソタ州)やパレスチナ系(ミシガン州)のムスリム、ネイティブアメリカン(ニューメキシコ州)といった"米国初"のマイノリティ女性が次々と当選し、さらに、カンザス州ではレズビアンのネイティブアメリカン候補者が当選しています。
好むと好まざるとにかかわらず、これからもグローバリズムと多様性の波は世界各国に押し寄せます。現在のアメリカの分断は、端的にいえば、この現実に抗(あらが)ってかつての"偉大な白人国家"の復活を夢見る人たちと、現実を(なかにはいや応なく、というケースもあるでしょうが)受け入れて前を向こうとする人たちとの価値観の違いです。
これだけ多様な議員が当選した下院は、各州の人口比に応じて議員数が割り当てられており、各州ふたりの上院と比べ、より国民の雰囲気を反映するといわれます。今回の結果は、これからのアメリカが進む道を示しているとみるのが自然でしょう。
保守的な地域での民主党の奮闘もありました。その象徴が、ウィスコンシン州知事を2期務めてきた共和党現職のスコット・ウォーカーが新人の民主党候補に敗れたこと。ウォーカーは「トランプよりトランプ」といわれる過激な右派で、公務員の団体交渉権制限、年金カット、公共事業の大幅削減などを強行。
さらに、共和党候補が選挙で勝ちやすいように選挙区割りを露骨にいじってきました(ゲリマンダー)。それにNOを突きつけたのは、ウォーカーの政策で広がった格差や差別に苦しむ若い世代でした。
もうひとつ挙げるなら、テキサス州の上院選。2年前の大統領候補争いにも出馬した共和党の有力議員で、ガチガチのキリスト教保守派であるテッド・クルーズの"城"です。結果的にクルーズが勝つには勝ったのですが、民主党の46歳の新鋭ベト・オルークにかなりの票を奪われ、ギリギリの当選でした。
演説に長(た)け、今回名を上げたオルークは、2年後の大統領選挙の民主党有力候補のひとりです。その健闘には、ある意味で他州の勝ち負け以上に民主党の勢いを感じました。
■トランプは大麻解禁を「得だ」と判断するか?
ところで、今回の選挙では大麻肯定派の州知事が多数生まれています。また、複数州で同時に行なわれた住民投票の結果、ミシガン州では嗜好(しこう)用大麻の一定量の栽培と使用が許可され、ミズーリ州やユタ州でも医療用大麻の合法化が進む見通しです。
モルモン教徒が多く、アルコールさえ規制するユタ州で大麻が合法化されるなど、以前では絶対に考えられないことでした。この3州に加え、オハイオ州の5都市で大麻の脱犯罪化措置が承認されるなど、大麻解禁の動きは加速しています。
実は、大麻解禁と多様性、脱差別は密接な関係にあります。オバマ前大統領も指摘するとおり、米国内の刑務所は非白人であふれ、多くは大麻使用容疑でぶち込まれている。
大麻なんて人種を問わず多くのアメリカ人がやっているのに、なぜか黒人ばかり捕まる――つまり、警察権力が法律を恣意(しい)的に適用することで構造上の差別が生まれているのです。そんな法律なんて解消してしまえ、というのが大麻解禁運動の根幹にあります。
さて、この状況を受け、トランプ政権はどのような舵(かじ)取りをするでしょうか。
上院を共和党が取ったことは間違いなく大きい。法律や予算は上院と下院の両方を通す必要がありますが、最高裁判所の判事や閣僚の指名、他国との条約に関しては、上院だけ通せばいいからです。
とりわけ重要なのは最高裁判事です。最高裁判事は終身制なので、共和党に都合のいい判事――例えば、キリスト教右派が好む妊娠中絶反対派の判事を指名しておけば、当分の間は"遺産(レガシー)"を残せる。
トランプの言動を快く思わない共和党支持者も少なくありませんが、こうした遺産を残すために、今後も消極的にトランプを支持するでしょう。
一方、下院を民主党に取られたことも、「イデオロギーより目の前の実利」なトランプにとって、実は必ずしもネガティブとは言い切れない。例えば、下院でことごとく政策が否決されれば、「民主党は国益の邪魔をする」と徹底的にこき下ろすことで、分断の"燃料"にできるからです。
あるいは逆に、トランプがかねてぶち上げている大型の公共事業に関しては、民主党と「握る」こともありえます。小さな政府を基本とする共和党が上下院とも過半数なら絶対に通らない話でも、福祉・公共事業重視の民主党ならのんでくれる可能性が高い。
また、仮に失敗したとしても「あいつらのせいで実現しなかった」と責任をなすりつけられる。あっと驚くような巨大な公共事業を打ち出してくるかもしれません。
また、場合によっては大麻解禁に乗る可能性もある。トランプは本心では「どうでもいい」と思っているはずで、もし従来の支持層からの反発以上に、若い層から「話のわかるオヤジ」との評価を得られると判断すれば、"反転"も辞さないでしょう。
この2年間、トランプは多様性を敵視する道化のように振る舞ってきました。その結果、アメリカの醜さが表出した一方、反作用として女性や若者の覚醒をもたらし、より寛容な社会を求める機運を誘い出したのも事実です。この流れは、今後さらに大きなうねりになると僕はみています。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『教えて!NEWSライブ正義のミカタ』(朝日放送)、『水曜日のニュース・ロバートソン』(BSスカパー!)などレギュラー出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!