もう大手メディアの時代は終わった。これからはゲリラ的なネット発の新たなジャーナリズムの時代だ――。そんな期待を煽りに煽って"英雄"となった男は、ロシアのスパイにすぎなかった?
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■メディア不信を追い風に登場した"英雄"
数々の"メガリーク"で世間を騒がせ、真実を追求する英雄としてもてはやされた男は、変わり果てた姿でカメラの前に現れました。
匿名の内部告発情報を公開するサイト『ウィキリークス』創設者のジュリアン・アサンジが4月11日、在英エクアドル大使館で英当局に逮捕されました。
性的暴行疑惑をめぐるスウェーデンへの身柄引き渡しを避けるため、エクアドル大使館に逃げ込んでから約7年。その間に、彼に対する評価も大きく変わっていったように思います。
2007年に創設されたウィキリークスは、10年4月にある動画を公開し、世界的に注目されました。イラクに駐留していた米軍のヘリコプターが、イラク市民やジャーナリストをまるでゲームのように銃撃し、殺傷する動画――その衝撃に、欧米メディアは蜂の巣をつついたような大騒ぎになります。
その3ヵ月後には、アフガニスタン紛争に関する米軍や米情報機関の機密文書7万5000点以上を公表。さらに3ヵ月後には、イラク戦争に関する米軍の機密文書約40万点の公開に踏み切りました。
当時はちょうど、中東を中心とするさまざまな政治的混乱が、大手メディア発ではなくネットを通じて伝わるのが"常識"になりつつあった頃です。
09年のイラン大統領選挙では、再選されたマフムード・アフマディネジャドの不正選挙を疑う改革派市民が大規模蜂起。英BBCや米CNNをはじめとする欧米メディアが現地に入れなかった一方、イランの若者が生々しいデモの様子(例えば、26歳の女性が当局側の民兵に狙撃され、絶命するまでの映像など)をネット上にアップし、世界中の人々が"メディアが伝えない真実"を目の当たりにしました。
現地特派員がいないから報じないというなら、世界中報じられていないことだらけじゃないか――。大手メディア不信が世界的に募っていきました。
そんな状況下で起きたのが「アラブの春」です。中東各地で続発する民衆蜂起の様子はSNSによりリアルタイムで実況、あるいは映像付きで配信され、ジャーナリズムの新しい潮流を予感させました。こうした追い風を受け、アサンジは手品師のように登場し、もてはやされたのです。
■活動家の手法をデジタル技術で応用
超大国アメリカの"裏の顔"を次々と暴露するアサンジは、とりわけリベラル系メディアから大きな評価を得ていましたが、その風向きが大きく変わったのは16年の米大統領選挙です。
同年7月、ウィキリークスは民主党全国委員会幹部のメール約2万点(つまり、同党候補のヒラリー・クリントンにとって不利になる情報)を公開し、その後も執拗(しつよう)かつ露骨にヒラリーを貶(おとし)めるような情報ばかりを出し続けました。これが共和党候補ドナルド・トランプの陣営、ひいてはロシアに利をもたらしたのは周知のとおりです。
すでにエクアドル大使館で籠城(ろうじょう)生活を送っていたアサンジは、自身の身柄が米当局に渡ることを何よりも恐れていたでしょう。彼はジャーナリストではなく、ロシアに手を貸すことで米政府から逃れるという目的を持った活動家(あるいは、ロシアのスパイ)にすぎない――そんな見方がリベラル系メディアにも広がっていきました。
今になってみれば、アサンジに心酔し、彼を英雄視した人々にとって"真実"とはなんだったのか、非常に考えさせられるものがあります。
あれだけハッキングに長(た)け、米軍の機密情報を手に入れる際には内部告発者のパスワード解読をサポートしたといわれるアサンジが、ロシアの"不都合な情報"にはほぼノータッチだった。
「ロシアのスパイファイル」なるものを公表したこともありますが、その内容はすでに公開されていたものの寄せ集めで、ロシア側に"検閲"してもらったような毒にも薬にもならないものでした。
「アメリカの真実を暴露した自分は迫害をされている」と主張する彼自身の提示した"真実"が、かなりねじ曲がっていたことは疑いようがありません。
ひとつひとつの情報は決してウソではない。けれども、自分に都合のいいものの断片だけをバイキング形式のランチのようにかき集めて、プロパガンダに落とし込む――。
昔から活動家がよく使う手法を、アサンジはデジタル技術を駆使して現代風にアップデートし、国際世論を手玉に取ってトリックスターになったということです。
日本でも2011年の東日本大震災、および福島原発事故の直後には、自身の主義主張のままに偽情報を垂れ流す"ジャーナリスト然とした人々"が大勢いました。多くの人が見事に踊らされ、慎重でなければならない大手メディアでさえも、サイエンスやファクトよりもオピニオンに重きを置いた記事を乱発していったように思います。
いつだって真実は多面的です。ひとつの結論に向かって突き進んでいくすっきりとした"真実"を見たら、まず疑うこと。この基本がいかに重要か、われわれはあらためて知る必要があるでしょう。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『水曜日のニュース・ロバートソン』(BSスカパー!)『Morley Robertson Show』(block.fm)などレギュラー出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!