しばらく落ち着いていたように見えたトランプvs習近平の「貿易戦争」は、トランプ米大統領の追加関税発表により、第2ラウンドの幕が上がった。世界経済を大混乱に陥れる"切り札"を、中国はついに出してくるのだろうか? 『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが考察する。
■レアアース採掘の世界シェアは71%
5月5日にトランプ米大統領が中国からの輸入品2000億ドル(約22兆円)に対する追加関税を発表し、米中貿易戦争が緊迫しています。今後、注目されるのは中国の"レアアース砲"。つまり、中国が世界シェアの多くを占めるレアアース(希土類)などの鉱物資源について、報復として対米禁輸措置などのカードを切るかどうかです。
思い出されるのは2010年、尖閣(せんかく)諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりした事件です。中国政府は船長の無条件釈放を要求し、その直後にレアアース輸出制限に踏み切り、日本に経済的な打撃を与えました。
当時はこれを受け、日本のみならず世界中が中国依存を減らす方向に舵(かじ)を切ったため、中国産レアアースの需要が落ち込むなど中国側も無傷では済みませんでした。だから今回はやすやすとレアアース砲を撃たないだろう......との観測もありますが、果たして本当にそうでしょうか。
米地質調査所によると、18年時点で中国のレアアース採掘の世界シェアは71%にも上り、処理済み化合物ではさらにシェアが高くなります。この"世界的買い占め"の背景にあるのが、中華人民共和国建国100周年の2049年までに「世界の製造大国」となることを目標に掲げた「中国製造2025」という長期的戦略。
中国の産業情報技術省は「世界の権力を獲得するため」に、金属産業における行動計画を発表しています。彼らが見つめているのは来年や再来年といった近い未来のことではないのです。
レアアースを含む鉱物・金属商品の価格は、11年から15年にかけて下落し、世界中の鉱山企業が経営難に陥りました。これをチャンスと見た中国政府は、国有企業への積極的な財政支援を行ない、世界中の金属関連企業の合併や買収を後押ししてきました。
すでに国の成長が鈍化し、あらゆる分野への直接投資が減少し始めていたにもかかわらず、です。中国企業における海外の金属・化学薬品企業の合併・買収は、18年に過去最高を記録しています。
■独裁国にとって中国は"いい客"
こうした中国の攻勢はアフリカにも及んでいます。例えば、世界のコバルト生産量の3分の2近くが採掘されているコンゴ民主共和国。EV(電気自動車)のリチウムイオン電池の原料となるコバルトは世界的に極めて重要な鉱物と見なされていますが、その資源を中国は国家レベルで買い占めています。
コンゴは1960年の独立以降、30年以上にわたって独裁政権が続き、96年頃から本格的な内戦状態に突入。その後、01年にカビラ大統領が就任し、任期終了後も大統領の座に居座るなど再び独裁体制が続きました(昨年末の大統領選挙で政権交代)。
そんな国との交渉は非常にタフなもので、例えば昨年末、任期終了が迫るカビラ大統領は突然、コバルト生産のロイヤリティ(自国の取り分)を3倍に引き上げると発表しました。
普通の国であれば、「ちょっと待ってくれ、話が違う」ということになるでしょう。ところが、中国はその要求をあっさりのみ、気前よく金を支払っています。要するに、中国という国は"ならず者"との付き合い方を熟知しているのです。
民主主義がどうだとか、児童労働は人道的に問題があるだとか、契約やルールを守ってくれだとか、そういった"面倒なこと"は一切言わない。中国は独裁者にとってものすごく付き合いやすい大国であり(中国側からしても、窓口が一本化できる独裁政権はやりやすい相手です)、ならず者同士、都合のいいディールができるわけです。
結果、中国はコンゴと10年以上にわたって強い政治的関係を構築し、生産体制や関連インフラに積極的に投資。今では世界最大のコバルト鉱山を含むコンゴの18の主要鉱山、6つの主要開発プロジェクトに関連する多くの買収契約を結び、膨大な鉱物所有権を確保しています。似たようなことはほかのアフリカ諸国でも起きています。
さらに、南米のチリやアルゼンチン、あるいはオーストラリアでも中国の進出はすさまじく、世界のリチウム資源の59%以上が中国の支配下、または影響下にあります。また、アメリカのレアアース系企業にも一部、中国系資本が入り込んでいます。
そして今や、中国の支配は北極圏にまで及んでいます。同地域にはレアアースだけでなく、世界全体の未発見原油の13%、天然ガスの30%、さらに大量のウラン、金、ダイヤモンドなどが埋蔵されているとされ、米中露が支配権争いを激化させています。
中国はこのエリアを「一帯一路」の一部と位置づけ、大量の資金を投入し、インフラ整備を進めているのです(アメリカは中国の核ミサイル搭載原子力潜水艦が北極圏に配備されることも懸念しています)。
スマホをはじめとするデジタル機器、風力発電など各種ハイテク技術産業、そして軍需産業に至るまで、レアアースはこれからの時代にますます必要不可欠となる資源です。着実に、そしてしたたかに世界シェアを拡大させたことで、中国はそのレアアースを"ウェポナイズ(兵器化)"している。
多くの識者が指摘するように、貿易戦争のカードとしてレアアース砲を発動すれば、もちろん中国側も無傷では済みません。しかし、その切り札を使うことができるのは世界で中国だけであるという現実を、われわれは忘れるべきではないでしょう。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『水曜日のニュース・ロバートソン』(BSスカパー!)『Morley Robertson Show』(Block.FM)などレギュラー出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!