『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、トランプ大統領の過激な「安保発言」について語る。
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トランプ米大統領が日米安全保障条約の破棄について語っていたという、米ブルームバーグの報道が物議を醸しています。
ブルームバーグニュース日本版の翻訳記事では省かれていましたが、実は英語の原文記事には、トランプの極めて過激かつ危険な発言も書かれていました(記者が直接聞いたのではなく「側近に漏らした私的会話」ということですが)。
それを"トランプ調"で乱暴に訳すと以下のようになります。
「(沖縄の米海兵隊)普天間(ふてんま)基地の移設問題は日本政府が仕組んだ茶番のようなもの。ヤツらの狙いは米軍を辺野古(へのこ)に追いやって普天間の土地を活用すること、つまり日本政府の土地乗っ取りだよ。あの土地には100億ドルの資産価値があるからな」
もし本当に言ったのだとすれば、沖縄の人々を二重にも三重にも踏みにじるとんでもない内容です。トランプが日本の国家主権も、戦後の国際社会の枠組みもまったく考慮していないことの片鱗(へんりん)が見えます。
ともあれ、地政学的に見て日米安保破棄は中国にとって願ってもないアドバンテージになります。もしトランプが今後も(たとえ選挙用のアピールでも)同様の発言を繰り返すようなら、中国はそこにチャンスを見いだし、沖縄の世論を「反米」にしようと画策する。
そして、一方では日米間に摩擦が生じた空白を狙って尖閣(せんかく)諸島や石垣島、宮古島の周辺にますます進出してくるはずです。
こうなると、直接的な脅威にさらされ米軍駐留の継続を望む離島部と、沖縄本島の民意は完全に分断されます。また、そこから在日米軍の縮小が進み、沖縄本島の近くにまで中国の影が伸びると、今度は「やっぱり米軍がいたほうがよかった」という声が一定数上がり、本島も真っぷたつに分断されてしまうでしょう。
そして、この分断はいずれ日本全体に転移します。
戦後日本には「最後はアメリカが守ってくれる」という暗黙のコンセンサスが存在していました。たとえ幻想であっても、歴代の米政権がそのポーズを維持し、旧ソ連(現ロシア)も中国も北朝鮮もそれを信じたからこそ日本は平和でいられた。安倍首相の悲願である改憲にしても、この幻想の上で"平和な改憲"を行なうことを前提としていたはずです。
ところが、その幻想がぶち壊されたらいったい何が起きるでしょうか。自民党のエスタブリッシュメント政治は崩壊し、まるで琵琶湖(びわこ)に放たれたブラックバスのように、右と左のポピュリストが免疫のない生態系を食い荒らす。
「今すぐ改憲だ、核武装も徴兵もやむをえない」という極右に自民党は乗っ取られ、中道派は党を割って出るが支持は伸びない。一方、逆サイドには「いっそ中国と仲良くしたほうがいい」という人権無視の左翼が勃興するでしょう。
おそらくこの対決は右派が勝つと思いますが、そこに長期的な展望などありません。追い込まれて改憲を強行した日本に対し、中国やロシアは軍事的な"テスト"を繰り返す。
どこまでやればアメリカは反応するのか、本当にアメリカは日本を見放したのか――。日本社会はさらに不安に苛(さいな)まれ、分断が進みます。
誰もが溶けないと思っていた"永久凍土"がいざ溶けたら、とんでもない化け物が出てきた――ということになるのかもしれません。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。日テレ系情報番組『スッキリ』の木曜コメンテーター。ほかに『報道ランナー』(関西テレビ)、『水曜日のニュース・ロバートソン』(BSスカパー!)などレギュラー多数。本連載を大幅に加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!