『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、アメリカのリベラルの弱体化について語る。

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アメリカのリベラルはこのまま自壊するのか――。来年の米大統領選に向けた民主党候補者指名争いの討論会で、目を疑いたくなるような一幕がありました。

唯一の黒人女性立候補者のカマラ・ハリス上院議員が、最有力候補とみられているジョー・バイデン元副大統領に対し、40年以上前の出来事を持ち出して痛烈に批判。このパフォーマンスに支持者は喝采し、バイデンの支持率は低下、ハリスの評価が急上昇したのです。

批判の的となったのは、当時、バイデンが「Busing(バッシング)」に反対したことです。Busingとは、教育上の黒人差別撤廃を目的とし、当時分断されていた白人居住区と黒人居住区の子供たちを"融合"させるため、互いのエリアにある公立学校にそれぞれを交ぜ合わせてバスで通学させるという政策。

当時、白人社会からは「急速な融合はハレーションを起こす」として大きな反対の声が上がっていました(私も一時、小学生時代にこの政策を導入した小学校に通っていましたが、日本人とのハーフという出自を理由に黒人居住区から来た生徒たちの標的となり、転校を余儀なくされました)。

40年前、あの政策に反対したバイデンは人種差別主義者だ――というのが批判の趣旨です。しかし、バイデンは史上初の黒人大統領が誕生したオバマ政権時代の副大統領ですよ。

すでに「Busing」が必要なほどの差別は過去のものとなり、黒人の社会進出も進みつつある今、大昔の話を引っ張り出してこき下ろすことになんの意味があるのか。

ハリスとは別の候補者の話ですが、民主党の討論会では、19世紀の南北戦争後に解放された黒人奴隷に対して北軍政府が約束したとされる「40エーカーの土地とラバ1頭」の補償がいまだに与えられていないことに、謝罪と補償を要求するべきだとの主張もありました。当時の差別が悪くなかったと言いたいわけではありません。

しかし、150年以上も前のことを? そこまでいうなら、次は先住民に対する補償だって考えないといけない。そんな過激かつ過剰な"政治的に正しい"議論が、一部のリベラルに妙に支持されるような空気があり、トランプ大統領をずっと批判し続けている『ワシントン・ポスト』でさえ、「こんなバカげた議論をしていたら、またトランプに負けるぞ」と嘆いています。

なんの実現性もないけれど、一部の人たちが当事者意識を持って熱くなれるネタを"正義の小道具"に使うのは、世界各国の弱体化した左派が陥りがちな罠。今やアメリカも例外ではないということです。SNS上では同じ主義主張の人々に称賛されても、これでは社会的な対話のなかで意味のある声にはなりません。

どんどん過激になり、極論を振り回す政治家と、その"純化した正義"に熱を上げる支持者たち。こうした自己免疫不全の症状が一部に蔓延(まんえん)してしまうと、穏健な左派との分断が進んでトランプを利するばかりでしょう。

ハリスは最近もトランプの人種差別発言を強い口調で非難しましたが、これも正論ではあるものの、一歩引いて見ると"トランプの土俵"で戦っているように思えてなりません。リベラル派は「今のままで勝てるのか」という点についていま一度、省みる必要があると思います。

●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。日テレ系情報番組『スッキリ』の木曜コメンテーター。ほかに『報道ランナー』(関西テレビ)、『水曜日のニュース・ロバートソン』(BSスカパー!)などレギュラー多数。本連載を大幅に加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!

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