『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが中米諸国・アメリカを脅かす巨大ギャング組織が誕生した背景を語る。
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アメリカで、不法移民の強制送還を担当する「移民・税関捜査局(ICE/アイス)」をめぐり、左右の政治対立が激化しています。
不法移民に対するトランプ政権の不寛容政策に拒絶反応を示す左派の若者らが、ICEを「不法入国者の親子を引き離して収容する悪の機関」と断罪して廃止を訴え、それに民主党の一部議員らも便乗。
一方、トランプ大統領はツイッターでICE職員らを擁護し、反対派の動きを厳しく牽制(けんせい)するなど、不法移民問題が"政治ショー"の小道具となってしまいました。
大前提として、米社会は不法移民を含む大量の移民に依存しており、彼らなくして成り立ちません。一方で、ICEが現行の取り締まりをやめれば、不法移民は際限なく増え、財政面でも治安面でも社会は立ち行かなくなるでしょう。
しかも、実際のところ不法移民の親子を引き離しているのはICEではなく別の機関であるという事実も発覚。つまり、トランプの「メキシコとの国境に壁を造れ!」も、反対派の「ICEを廃止して不法移民の親子を救え!」も、短絡しすぎているわけです。
そんななか、ホワイトハウスの公式ツイッターはICE廃止論に同調した民主党大統領候補のカマラ・ハリス上院議員を名指しして、「彼女は"MS13"を支持するつもりか?」と批判しています。
MS13とはエルサルバドルを中心にグアテマラ、ホンジュラスなど中米諸国、そしてアメリカで活動する巨大ギャング組織。強盗、殺人、麻薬や銃の密売などあらゆる凶悪犯罪を行ない、殺害後に心臓を抜き取り路上に放置する残虐なパフォーマンスでも有名です。
トランプ政権は「ICEを廃止すればMS13のような組織が野放しになるぞ、民主党はアメリカをそうしたいのか?」と挑発しているのです。
ただ、共和党がそれを言える立場なのか、ということも指摘しておきましょう。東西冷戦期の1979年にニカラグアでサンディニスタ革命が起きると、エルサルバドルでも共産ゲリラが蜂起し、80年代には多くの難民が生まれました。
当時の共和党レーガン政権は、「左翼共産主義の被害者である難民を守るのはアメリカだ」という東側に対する当てこすりの意味で、多くの難民を受け入れました。しかし、彼らは英語を教わる機会もなく、仕事もあてがわれず、スラムに押し込められるばかりで、貧民街の治安は悪化し、一部はギャング化していきます。
そして、冷戦終結後には「内戦も終わったから」という理由で本国へ強制送還。もちろん帰国したところで仕事などありません。アメリカで鍛え上げられた不良たちは、本国の厳しい貧しさのなかでますます強化され、その暴力性は次の世代へ受け継がれたのです。
こうしてMS13は巨大化し、ホンジュラスやグアテマラまで権益を拡大。そして"稼げる国"アメリカにも足場をつくり、治安を脅かすようになりました。
そんな経緯を無視して"移民の脅威"ばかりをあおるトランプに対し、義憤にかられた左派の若者たちの心情は理解できます。
ただ、ICE廃止論のように原理主義的に希望を押しつけるだけでは、むしろトランプを利するばかりでしょう。リベラルはポピュリストが誘い込もうとするゲームに乗らず、現実を見据えるべきだと思います。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。日テレ系情報番組『スッキリ』の木曜コメンテーター。ほかに『報道ランナー』(関西テレビ)、『水曜日のニュース・ロバートソン』(BSスカパー!)などレギュラー多数。本連載を大幅に加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!