『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、インドネシアの先住民であるパプア人が暴動を起こした背景を解説する。

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大小1万以上の島々で構成される海洋国家・インドネシアの最東端のパプア州および西パプア州で、先住民であるパプア人が大規模なデモを起こし、暴徒化した一部の人々が公共施設の破壊や放火を繰り返すなど騒乱状態となっています。

騒動のきっかけは、インドネシア独立記念日の前日に当たる8月16日に、国旗を"侮辱"する動画がSNS上で出回ったこと。

その動画の作成にジャワ州のパプア人大学生らが関与しているとの疑いが立つと、翌17日に治安部隊が催涙ガスを発射しながら学生寮に突入し、43人の身柄を拘束。現場に集結した多くの一般市民はパプア人学生に向けて「この猿め!」「豚!」といった暴言を浴びせました。

しかし、その一部始終を撮影した動画がネット上で拡散されると、今度はパプア人らが「人種差別だ」と猛反発し、大規模な暴動に発展したのです。

この騒動は、「長らく虐(しいた)げられてきたパプア人の積年の怒りが爆発した」などと解説されていますが、実際の背景はもう少し複雑です。

ニューギニア島西部に位置するパプア州と西パプア州は、以前は「イリアンジャヤ」と呼ばれ、1855年からオランダが植民地として統治しました。第2次世界大戦後の1949年にインドネシアが独立した後も、オランダはインドネシア国民のマジョリティ(ジャワ人)と民族が違うことなどを理由に、イリアンジャヤの自治権確立までこの地域を統治すると主張。

そこから、アメリカを中心とする国連を巻き込んだパプア紛争へと発展していきました。63年のニューヨーク合意に基づいてイリアンジャヤはインドネシア統治下となりましたが、その後も分離独立を叫ぶパプア人を、軍事独裁のスハルト政権は容赦なく弾圧しました。

98年にスハルト体制が崩壊すると、インドネシアの政治はイスラム系政党が牛耳っていくことになります。そして2014年、現ジョコ・ウィドド大統領が就任。過去の軍政とつながりがなく、エリートでもない初めての"穏健派大統領"として、民衆の期待は大きなものでした。

この政権ならパプア問題も平和的な解決に導くのではないか―就任当時は、欧米メディアにもそうした希望的観測が見られたほどです。

しかし、現実はそうではなかった。特定の大票田を持たないウィドド大統領は、副大統領にイスラム政党の人物を任命し、ジャワ・ナショナリズム、イスラム・ポピュリズムに迎合。表向きは「ひとつのインドネシアになろう」という温かいメッセージを出しながらも、以前と変わらずパプア人は不満分子と見なされ、虐げられているのです。

今回、騒動の発端となったのは、「分離独立を画策するパプア人学生が作ったもの」とされる"国旗侮辱動画"でしたが、後になってこれは完全なフェイク動画だということが判明しました。

つまり、パプア人を陥れたいという動機を持つ何者かがフェイク動画を作成し、SNSを使ってジャワ人のナショナリズムを焚(た)きつけ、それに治安部隊までもが乗ってしまったわけです。

この構図は中国の漢民族と、弾圧されているウイグル人やチベット人との対立にも似ていますが、長年の差別と対立を解消する糸口は残念ながら見えていません。

●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。日テレ系情報番組『スッキリ』の木曜コメンテーター。ほかに『報道ランナー』(関西テレビ)、『水曜日のニュース・ロバートソン』(BSスカパー!)などレギュラー多数。本連載を大幅に加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!

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