『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、米軍撤退後のシリア情勢について語る。
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これがホワイトハウス発の公式文書なのか。さすがにひどい――。米軍の撤退で"丸裸"となったシリア北東部のクルド人民兵組織「人民防衛部隊(YPG)」の支配地域へトルコ軍が侵攻したことに関し、米トランプ大統領がトルコのエルドアン大統領に送った書簡の「文面」が注目を集めました。
冒頭だけは「His Excellency(=閣下)」と丁寧に書かれているものの、本文の書き出しは「Let's work out a good deal!(いい取引をしようぜ!)」。
そして、読み進めると「愚かなまねはするな」などと脅しめいたことまで書かれています。あまりに稚拙かつ下品で、これがリンカーンやJ・F・ケネディの歴史的な書簡と並んで保存されるのかと考えるとめまいがするほどです。
ただ、これを受け取った後、「即座にゴミ箱に捨てた」と公表したエルドアン大統領側は一枚も二枚も上手でした。"強国の圧力に屈しない強い指導者"であると有権者にアピールできただけでなく、自分の今までの失政までもトランプ政権の横暴のせいだと思わせることにある程度、成功したといえるでしょう。
この書簡は10月9日付となっていますが、その3日前にエルドアン大統領はトランプ大統領と電話会談を行なっており、直後にはエルドアン氏の側近が米『ワシントン・ポスト』紙に以下のような内容のオピニオン記事を寄稿しています。
〈シリア北東部への侵攻は、すでにトランプ大統領にも伝えている。これによってトルコ国内のシリア難民を母国へ"帰還"させ、彼らのために学校も建設する。トルコが目指しているのは地域のリーダーであり、これが実現すれば不用意に米兵が命を落とすこともないし、欧州に難民を押しつけることもないし、何より中東地域に平和が訪れる〉
欧米に幅広くリベラルな読者を持つ"敵国メディア"の媒体に、こうした記事を即座に出すところにも、エルドアン政権の狡猾(こうかつ)さを感じます。
エルドアン側は欧米のダブルスタンダードをよく理解しています。トランプ大統領は「トルコ経済を破滅させるぞ」と脅す一方、戦闘機を売りつけたいという"下心"が見え見え。
欧州でもイギリスなどはエルドアン政権と経済的な関係が深く、制裁に及び腰。そして、何よりトルコがNATO(北大西洋条約機構)を脱退し、本格的にロシアやイランと手を結ぶことだけは避けたい......。
トルコ国内の強権政治や民族浄化的なクルド人への迫害は許せないと口では非難しつつも、エルドアン政権を本気で追い込めない事情のある欧米諸国が右往左往するうちに、ロシアのプーチン大統領が一気に介入。ロシア、トルコ、イラン、シリア(アサド政権)が利益を得た――これが米軍撤退後、めまぐるしく動いたシリア情勢の基本的な構図です。
これまで協力関係にあったクルド人を見捨てたアメリカは地政学的な信頼を完全に失った上、シリアと国境問題を抱えるイスラエルが「単独で暴れる」可能性も残ります。
そんな多くのリスクを生み出したシリア撤退で、トランプ大統領が得たのは「俺はマニュアルに縛られない規格外の行動で世界を動かした」というアピールだけ。"トランプ後の世界"には、いったいどんな荒野が広がっているのでしょうか。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。日テレ系情報番組『スッキリ』の木曜コメンテーター。ほかに『報道ランナー』(関西テレビ)、『水曜日のニュース・ロバートソン』(BSスカパー!)などレギュラー多数。本連載を大幅に加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!