『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、新型コロナ危機で欧米社会に広がる陰謀論について語る。
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「最前線の人たちはずっと使っている」「自分も1週間半ほど服用し続けている」――米トランプ大統領は抗マラリア薬「ヒドロキシクロロキン」について、記者団を前にこう言及しました。もちろんマラリア対策ではなく、新型コロナウイルス予防として使用しているという話です。
この薬の新型コロナ治療に対する効果については、多くの医療機関や専門家が否定的です。各国の予備調査でも治療に効果がないどころか、むしろ致死率が高くなったとの結果が出ており、WHO(世界保健機関)が臨床試験を中断したほど。
さすがにトランプが心の底から治療効果を信じているとは思えませんが、こうした"パフォーマンス"を続ける理由はなんでしょうか?
その狙いは、おそらく世の中を混乱させること。そして、それによって支持層を結束させることです。
「自分は既存の権力のアウトサイダーだ」と主張するトランプの支持層には、「連邦政府は国民に何かを隠している」といった"政府陰謀論"にどっぷり漬かっている、あるいは「そういうことはありえる」と考える人が少なくありません。
各都市のロックダウンにも「強制的に自由を剥奪された」という不満が高まっています。そこにトランプが"犬笛"を吹けば、簡単に火がつく。
実はコロナの治療法(ヒドロキシクロロキン)はすでに確立されているが、米食品医薬品局(FDA)や米疾病対策センター(CDC)が真実を隠している――といった陰謀論が広がっていくのです(その理由は「特定企業の利益」「WHOと中国の策謀」など、いろいろなパターンがあります)。
さらに、政府を悪の組織と信じ、"来るべき内戦"に備えてフェイスブックなどで武装・蜂起を呼びかける「ブーガルー・ボーイズ」なる政治運動も拡散中です(それも、かなり裕福なエリアの若者にまで)。
テキサス州では、自粛命令を無視して営業するバーを応援すべく集まったブーガルー・ボーイズに対し、当局が装甲車を出動させて鎮圧せざるをえなかったほど(その動画はSNSで拡散され、また賛同者たちが盛り上がっています)。彼らにも、トランプの「CDCが否定する薬を俺は飲んでいるぞ」という発言は心地よく染み渡ったことでしょう。
所変わって欧州でも、「5G通信網が新型コロナウイルスを拡散している」というデマを信じた人が、5Gのアンテナに放火するなどの破壊行為が続発中です。
まだ確定ではありませんが、このフェイクニュースの発信源はどうやらロシア発のbotらしい。さもありなんという感じですが、やはりデマを否定する報道よりもデマそのものを信じてしまう人たちは一定数いるようです。
さて、これらの事例をどんな気持ちで読みましたか? 「なんてバカなんだ」と冷ややかに読んだ人も多いのではないでしょうか。
確かに今の日本で、5G基地局の破壊が続出することは考えづらいかもしれません。しかし、よく振り返ってみれば、似た構造の"科学を不安が凌駕(りょうが)する言説"が日本社会でまかり通ってきたことは何度もあります。
現実を直視せず、集団逃避的に"悪者"を見つけて叩くことで、安心したり怒りを鎮めたりしようとしたことは本当にないか。それぞれが自問自答する必要があるでしょう。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『水曜日のニュース・ロバートソン』(BSスカパー!)、『Morley Robertson Show』(Block.FM)などレギュラー出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!