これが「とんでもない悪徳警官」による個人的で突発的な事件なら、話は単純だ。しかし実際はそうではなく、アメリカの警察組織に巣食う「差別という利権」の構造にメスを入れない限り、本質的な改革にはならないとモーリー・ロバートソンは言う。

■白人至上主義者ではなかった犯人の警官

まさか夫が――。かつてミセス・ミネソタにも選ばれ、はたから見れば幸せな家庭を築いてきたラオス出身の45歳の女性は、自身の身に降りかかった"事件"をどう思っているのでしょうか。

1974年に東南アジアの山岳地帯で暮らすモン族の一家に生まれ、ベトナム戦争に巻き込まれ難民となり、80年に家族で渡米。移住先のウィスコンシン州オークレアでの暮らしは苦労の連続で、10歳でようやく幼稚園に入るも、ほかの園児よりも英語が話せず、少女時代は度重なるイジメに苦しんだそうです。

18歳で部族のしきたりに従い、ほぼ見ず知らずのモン族の男性と結婚してふたりの子を授かるも、10年に及ぶ夫からのDVに耐えた末、ついに離婚。放射線医療の準学士を取得し、ミネソタ州ミネアポリス市の医療センターに勤めることになりました。その病院で、彼女は後の夫となるとても紳士的な白人の警察官と出会い、恋に落ちたのです。

結婚して8年後、彼女は「ミセス・ミネソタ2018」に輝きました。難民キャンプ出身で、アメリカン・サクセスストーリーを地で行くような彼女の人生は、州を代表する女性に選ばれるにふさわしいものだったのでしょう。

しかし、彼女が築き上げた幸せは、夫の愚行でもろくも崩れ去ろうとしています。夫の名はデレク・ショービン。黒人男性ジョージ・フロイドさんに職務質問をした後、拘束する際に頸部(けいぶ)を膝で圧迫し、死に至らしめたミネアポリス警察の元警官―

ここでひとつ疑問が湧き起こります。あの事件は「白人至上主義の警官による暴走」ではなかったのでしょうか? 

マイノリティの妻を持ち(しかも子連れ再婚)、ダイバーシティ家庭を築いたショービン被告は、少なくともいわゆる白人至上主義者、レイシストではなかったはずです。その彼が、あんな残虐行為をするに至ったのはなぜか。その背景に注目してみると、ミネアポリス警察に巣食う"人種差別カルチャー"の存在が浮かび上がってきます。

ミネアポリス警察では過去にも多くの"人種差別案件"が起き、マイノリティの市民に対する取り締まりの暴力性が問題視されてきました。そこで前市長は「警察改革」を掲げて当選したのですが、署内の権力を牛耳る警察労働組合の抵抗を受け、改革がまともに実行されることはありませんでした。

アメリカの警察や消防の労組は非常に力が強く、ミネアポリス警察では1970年代頃から権力が集中し、警察トップよりも組合長が実験を握って内部を牛耳るというゆがんだ構造があったことが指摘されています。

現在その座に君臨するのが、筋金入りの白人至上主義者のボブ・クロール組合長。署内外で人種差別、ゲイ差別、女性差別の言動を繰り返し、同僚からも何度も告発され、過去30年間に黒人市民に対する暴行の疑いで20件もの訴えを起こされた人物です。

管内で職務中の警官が黒人市民を殺してしまったようなケースでは、内部調査の席に必ずこのクロール組合長が立ち会い、非公開の不透明な審議の末、すべてを無罪あるいは微罪にしてきたといいます。

つまり、にわかには信じ難い話ですが、ミネアポリス警察では人種差別が"カルチャー"として根づき、近年は特殊な警察組合長によってそれが増幅されてきた―そんな実態があるのです。

■「治安悪化→重武装化」というインセンティブ

この状況から察するに、今回の事件はやはり警官個人の暴走ではない。「黒人に対して暴力的に振る舞ってよし」という組織の流れに沿ってショービン被告も職務を行なうなか、ああいった事件が起き、(警察側からすれば)それがたまたま表面化したということではないでしょうか。

こうした構造からくる人種差別の問題は、ミネアポリスのみにとどまらない米全土の警察の問題とみるべきでしょう。連邦制のアメリカでは各州に「高度な自治」が存在し、特に警察は奴隷制の時代から独特の牙城を保ってきました。

そもそも、歴史上初めてアメリカで警察組織がつくられたとき、主な業務は逃亡した黒人奴隷の捕獲と暴動の鎮圧だった。それ以来、"黒人取り締まり"のカルチャーは、多かれ少なかれずっと受け継がれてきたのです。

さらに、警察組織にとっては、市民に対して暴力的に振る舞うことにある種の"インセンティブ"が働いてしまうという構造もあります。

この30年間、アメリカの警察は「対テロ戦争」「麻薬との戦争」などの大義名分の下、相当に重武装化してきました。その仕入れ先は、なんと米軍―厳密に言えば、イラクやアフガニスタンの戦場で使用した装備の一部を民間軍事会社が払い下げ、それを全米の警察が買い取るという構図。

ライフルはもちろん、ロケット砲、路肩爆弾にも耐えられる装甲車、そして軍用ヘリ......など、「街の治安を守る」にはオーバースペックな装備がズラリとそろいます。

そして、特にもともと治安の悪い地域を管轄する警察にしてみれば、黒人市民の恨みを買い続けることでさらに治安が悪化したほうが「装備を買う予算がたくさん出る」ということになる。これは逆に言えば、人種融和へと向かうインセンティブが警察の構造の中に存在しない、ということでもあります。

なお、ミネアポリス警察のクロール組合長は昨年、トランプ大統領の集会に「COPS FOR TRUMP」と書かれた赤いTシャツを着て登壇し、応援演説をしています。

トランプ大統領は差別反対と警察改革を訴えるデモに対して「法と秩序」を訴えていますが、もしその法の番人が腐っていたとしたら、そこで保たれている"秩序"に正義はあるのか。その点が今、問われているのだと思います。

●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『水曜日のニュース・ロバートソン』(BSスカパー!)『Morley Robertson Show』(Block.FM)などレギュラー出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!

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