『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが"、もうひとつのジョージ・フロイド事件"について語る。
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幾重にも黒人の人権、尊厳を踏みにじっている今の米社会を象徴するような出来事でした。6月27日、コロラド州オーロラで開かれた黒人青年エライジャ・マクレーンさんの追悼集会。イベントをやめさせようとする警官隊と、激しく抵抗する市民らの罵声で、故人を悼むムードはかき消されてしまいました。
菜食主義の平和主義者で、自閉症スペクトラムの傾向があり、マッサージ師でありバイオリニストでもあったエライジャさんは、昨年8月24日(当時23歳)の夜、コンビニで買い物をした帰りに目出し帽をかぶっていたことから「不審者」と見なされ、警官に拘束されます。
パニックに陥(おちい)り必死に抵抗したエライジャさんを警官は首を絞めつけて取り押さえ、精神安定剤を注射。エライジャさんはその場で意識を失い、心肺停止状態に陥りました(数日後、病院で死亡が確認)。
この事件、実は発生当時は広く問題視されることはありませんでした。ところが、BLM(Black Lives Matter)運動の高まりと共に"もうひとつのジョージ・フロイド事件"として注目され、大規模な追悼集会が開かれることになったのです。
集会自体は、エライジャさんをしのんで市民がバイオリンを持ち寄り、合奏するという実に平和的なものでした。特徴的だったのは、白人も多く集まったこと。保護猫シェルターを訪れ、猫のために演奏をしていたというエライジャさんが、なぜ「黒人だから」という理由で「不審者」として拘束され、殺されなければならなかったのか。こんな差別は看過できない、社会はもっと優しくあるべきだ――。そんな趣旨です。
ただその一方で、彼の死に"便乗"する形でBLM運動を盛り上げようとする活動団体が入り込み、集会の空気が一部で先鋭化していったのも事実。そして、その動きに過剰に反応したのがオーロラ警察署でした。
同署の警官隊は、破壊行為をしているわけでもない集会、しかも警察の"落ち度"で命を落とした青年を悼む場に、なんとフル装備で登場。「集団から抵抗された」ことを理由に、市民に対してペッパースプレーまで噴霧したもようです。細かな事実関係はともかく、警察が集会を蹴散らそうとしたことに正当性を見いだすのは難しいでしょう。
また先述したように、BLM運動がなければエライジャさんの死がここまで注目されることはありませんでした。そこに暮らす人々も、地元メディアも、これほどの事件を"よくある不幸な話"と受け流してしまう――それが米社会の現実です。
今はようやくその社会が変わるための入り口に立てるかどうかという分岐点にあるわけですが、この運動のなかでも、賛成派・反対派それぞれから黒人の命や人権がしばしば自身の主張を強化するための"ネタ"のように扱われているのもまた現実です。
今回の追悼集会にしても、なぜ警察と市民が一緒に黙祷(もくとう)することさえできないのか。その場にいる遺族そっちのけで警察と活動家が衝突する構図自体に、黒人の人権、尊厳の問題の根深さを思い知らされました。
それでも、ろうそく集会や弦楽器を持ち寄った追悼集会はその後も静かに広まっています。心ある奏者たちがエライジャさんの夢をつないでいるかのようです。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)、『Morley Robertson Show』(Block.FM)などレギュラー出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!