『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが「今の香港に必要」だと語るアジテーター像とは――?

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"アフロビート"の創始者ともいわれるナイジェリア出身の男性ミュージシャン、フェラ・クティをご存じでしょうか。

1938年に牧師の父と筋金入りの政治活動家の母との間に生まれ、経済的に恵まれた環境で育ち、20歳で医師になるためにロンドンへ渡航。しかし、彼は医学の道を選ばず、音楽大学へと進学し、正式な音楽教育を受けることになります(もちろん当地では友人らとバンド活動も行なっていました)。

5年後に帰国したフェラは、アフリカを拠点に本格的な音楽活動をスタート。60年代末にはアメリカツアーを敢行し、マルコムXやブラックパンサー党といった黒人政治闘争に傾倒します(ブラックパンサー党の女性と付き合ったことが大きく影響したともいわれます)。

ここで母親ゆずりの反権力思想に火がつき、以後は黒人の解放、パン・アフリカニズムといった強いメッセージを音楽に盛り込んでいくことになります。

とりわけ彼は、自国の独裁政権に対してはっきりと中指を突き立て(「くたばれ」「クソ野郎」のような直接的な表現も含む)、高い音楽性も相まって世界中で多くの聴衆を熱狂の渦に巻き込みました。

その結果、フェラは公権力から幾度となく拘束されます。逮捕事由は、警察の自作自演による大麻所持容疑や、本当は自らの意思で家出をした少女を誘拐したというぬれぎぬなど、露骨な"不当逮捕"ばかり。しかし彼は信念を曲げることなく、獄中で受けたひどい体験もネタにして、さらに過激なメッセージを発していきました。

その後、自宅を有刺鉄線で囲み、バンドメンバーや家族、志を共にする仲間らと"共和国"なる共同体を立ち上げたフェラは、76年に軍人らを皮肉った代表曲『ゾンビ』を発表します。

自分の頭で考えず、命令どおりに行動するなんてまるでゾンビだ――。フェラの"共和国"はこの曲に激怒した1000人規模の軍に襲撃され、建造物は焼失、年老いたフェラの母は2階から放り投げられ大ケガを負い(その影響で翌年死亡)、フェラ自身もひどい暴力を受けて勾留されます。それでも彼はおとなしくなるどころか、より過激さを増して音楽活動を展開していきました。

彼は97年にHIVによる合併症で命を落とすまで、結局「殺される」ことはありませんでした。批判を許さぬ独裁的な政権をこき下ろし続けたとしても、フェラのように国際的に注目される存在になれば、うかつに殺すことはできない―これが非常に重要なポイントです。

やや飛躍した論理に聞こえるかもしれませんが、今の香港にもフェラのような魅力的なアジテーターがいれば......。そう思うことがあります。大前提として、巨大な経済力をもつ現在の中国は当時のナイジェリアとはまったく違いますし、音楽による政治運動は過去の例を見れば実を結ばないことも多い(フェラも本懐を遂げたかどうかは微妙です)。

それでも今の時代、若い世代は不条理に対して「世界中で連帯して戦う」というセンチメントを共有しやすい状況にあります。だからこそお行儀のいい活動家ではなく、フェラのように気持ちをたきつけるような人物が出現すれば、香港の未来は変わってくるのではないか――楽観的すぎるかもしれませんが、そんな思いがあります。

●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)、『Morley Robertson Show』(Block.FM)などレギュラー出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!

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