『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、菅政権のプラグマティックな姿勢について憂慮する。
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菅政権は極めてプラグマティック(実利主義的)に物事を進める、いうなれば"テクノクラート型内閣"になるのではという予感があります。
派手な理念を振りかざすことはなく、目の前の「できること」に手をつけ、粛々とタスクをこなしていく――そうした姿勢が"実直"だと受け止められていることも高支持率の一因なのかもしれませんが、私にはそのプラグマティズムが、長い目で見れば日本という国の傷をより深くしてしまうような気がしてなりません。
考えてみれば当たり前の話ですが、必ずしも「今できること」=「本当に向き合うべき課題」、とは限りません。むしろ、本質的な課題だからこそ簡単には手がつけられないというケースも多いでしょう。
一国のリーダーに求められるのは、できることを着実にこなす実務能力だけではない。確固たるビジョンや世界観を持ち、それを言語化して示す能力が必要不可欠です。
菅政権にはビジョンがないという指摘はあちこちでなされています。その理由はさまざまでしょうが、ひとつは菅首相が「路線を継承する」と明言している安倍政権にも、実はビジョンがなかったからではないかと思うのです。
右派の印象が強かった安倍政権ですが、それは保守層にアピールするための"包み紙"にすぎず、実際には確固たるイデオロギーはなかったというのが私の見方です。
「日本を取り戻す」「憲法改正を目指す」と言いつつも、その先のビジョンは示されず、むしろ多くの人々は「それ以外は何も変えなくても日本はうまくいく」というシグナルとして受け取った。それが現状維持を望む"フワッとした民意"をとらえ、政権の舵(かじ)取りをラクなものにした。そんなところではないでしょうか。
もっとも、そうした安倍政権の"怠慢"を許したのは野党であり、国民です。憲法改正も地方創生も少子高齢化も、本質的な議論を誰もやろうとしない7年8ヵ月でした。
例えば、中国軍が暴走したら日本政府や自衛隊はどう対応するのか、米軍が出動するパターンと出動しないパターンそれぞれを具体的にシミュレーションする――そういったガチンコの議論は、憲法改正の是非にかかわらず一度はやるべきことです。
こうした話題が国会やメディアで重視されれば、ふんわりと「改憲が必要だ」「憲法9条は日本の宝だ」と言い合うことの無意味さに多くの人が気づいたはず。保守も革新も現実逃避をし、絆創膏(ばんそうこう)を貼るように「とりあえず」の話に終始するという現状を変えていかない限り、日本の政治空間は弱体化するばかりです。
この状況を変えられるのは、やはり若い人たちだと思います。若者が自発的に社会を変える意思を持ち、積極的に選挙に行くこと。大多数は昭和のノンポリの美学を(無意識にとはいえ)継承して政治に絶望し、それでも政治を語る者は左右両極端に走るという状態から脱却する必要がある。
いくら高齢者より人口が少ないといっても、若者の投票意欲が明らかに変われば、菅政権はそれを無視し続けることはせず、プラグマティックに票を取りに行くはずです。逆にそうでなければ、いつまでも現状維持が大好きな高齢層のほうを見続けるだけ。まずは若い民意が現実と向き合うことでしょう。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)、『Morley Robertson Show』(Block.FM)などレギュラー出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!