『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが"ボルトン暴露本"について語る。
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アメリカでベストセラーとなっていたトランプ政権の前大統領補佐官ジョン・ボルトン氏の回顧録『The Room Where It Happened』の日本語版(邦題『ジョン・ボルトン回顧録 トランプ大統領との453日』、朝日新聞出版)が発売されました。
あらためて英語版の原文を読む機会があったので、今回はこの本について、"トランプ政権の内実をさらした暴露本"という一般的な評価とは別の文脈で紹介したいと思います。
トランプ政権で安全保障を担当していたボルトンの同著における主張は、筋立てが非常に明快かつ論理的です。急進的タカ派といわれる強硬なイデオロギーが本の隅々にまで染み込んでいるにもかかわらず、外部からひたすらアジテーションする口だけのイデオローグとはまったく違う説得力がある。これが、インテリかつ実務経験も豊富な官僚としてのボルトンの力なのでしょう。
トランプ政権での実務の回顧には時折、自慢話のようなニュアンスもありますが、例えばイラン核合意からの離脱をどんな手続きで進めたか事細かに綴(つづ)られているパートは非常に読み応えがある。もちろんそこに書かれていることがすべてではないにせよ、粛々と詰め将棋のように自身の望むゴールへと導くスタイルには尊敬の念すら抱かせます。
彼の強みのひとつは「共感」に執着がない点でしょう。例えば、トランプ大統領は支持者が喜ぶことなら平気でウソを言い、媚(こ)び、知的に堕落することもいとわず"共犯関係"をつくろうとする典型的なポピュリスト政治家です。
一方、ボルトンは自身の主張や目的が極めて明確で、支持や共感を得るためにそれを曲げる気はまったくありません。議論の中で自身の主張を際立たせるために編集やキュレーションはするけれども、ウソはつかない。両者のこの差はとても大きいと思います。
日米同盟に関するボルトンの見解も非常に興味深いものがあります。詳しくは著書を読んでみてほしいのですが、彼は「なぜ日米安全保障条約ができたか」という原点に忠実で、曖昧さがまったくない(その観点から安倍政権を高く評価してもいます)。
その明快さを前にすると、曖昧さや見て見ぬふりを前提とした日本の安全保障に関する議論が、いかに適当なレシピで作られた"平和ボケメニュー"にとどまっているかを痛感させられます。
仮に日本政府の中枢に彼のような人物がいて、理路整然と政治決定を促していたら? メディアに対しても、政権が本当にやりたいことをロジカルに説明していたら? 是非はともかく、改憲、基地問題など日本ではことさら感情論に向かいがちなテーマにおいても、芯を食った議論が生まれていたかもしれません。
ボルトンの偏った主張は危うさも多分に含んでおり、僕も正直、彼が米政権の中枢にいないほうがいいと思います。それでも、意見の違う人をも巻き込むロジックの設計にはうならされる部分があり、誤解を恐れずに言えば、こういう人材が存在しうるアメリカのデモクラシーの力が少しうらやましくもなりました。
どんな主張であっても、理にかなっていれば一度は耳を傾けるべきで、反対派はまたロジカルに反論すればいい。それが「意見の多様性」の根源なのです。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)、『Morley Robertson Show』(Block.FM)などレギュラー出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!