『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏は、10月26日、菅総理の所信表明について「中身がない」とバッサリ。その理由とは?
(この記事は、『DMMオンラインサロン』にて10月26日に掲載したコラム「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を加筆・修正したものです)
■突然のグリーン公約の裏にある菅政権の焦り
菅総理が就任から40日経って、ようやく所信表明演説を行なった。全文を読んだ印象は、ほとんど中身がないということだ。
その中で、唯一意味のある部分が、2050年カーボンニュートラル宣言だ。その部分を抜粋しよう。
「菅政権では、成長戦略の柱に『経済と環境の好循環』を掲げて、グリーン社会の実現に最大限注力してまいります。我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします」
これまで菅総理は、総裁選の公約でデジタル化の推進は掲げていたが、グリーン関連の公約はなかった。世界中が先進国のみならず途上国も含めて「デジタルとグリーン」の二本柱をポストコロナに向けた成長の牽引役としているのに、菅総理はこのことをまったく理解していなかったようだ。
首相就任後も出てくるのはハンコ撲滅、携帯料金値下げ、デジタル庁創設などデジタル関連だけで、グリーンの話は出てこなかった。
菅総理がいかに「環境音痴」なのかがわかる。しかし、いつまでもそれを続けるわけにはいかなくなった。
まず、世界中がグリーン、エコを合言葉に成長戦略を推進しているのに日本だけがそれをやらないことにより、日本企業は世界の中でビジネスができなくなりつつある。
例えば、アップルは納入企業にグリーン化を求めている。自然エネルギーなどの活用で企業としてカーボンニュートラルを達成するように要求しているのだ。ところが、日本では再エネ電力を買いたくても、そもそも再エネの発電が少ないうえに価格が高く、さらにグリーン電力認証も遅れているため、日本に工場を置いておくとアップルの要求に応えることが非常に難しいという問題が生じてきた。
また、世界の機関投資家もSDGs投資などの基準をどんどん厳しくしていて、日本企業にもその波が押し寄せてきている。
こうした状況に反応して、今や経団連企業の多くも再エネ関連の規制緩和を進めてくれと政府に要望し始めた。
また、先日はついに中国までも60年ゼロの宣言をしたように、主要国が次々とカーボンニュートラルの実現時期を宣言する中、日本は50年80%削減しか約束しておらず、日本だけがいつまでもゼロの目標年次を言わないことに対して、国際社会の批判が高まっていた。
最近コロナのせいで(本来は、おかげでと言うべきか)、これまで日本からは海外出張の時間調整ができずに閣僚などが参加しなかった国際会議にリモートで招待され、断れなくなるケースが増加している。
ところが、環境関連の会議に出席すると、世界各国が中国なども含めて、非常に先進的な取り組みを紹介するのに、日本だけが幼稚園のおままごとのような話しかできず、小泉環境相や梶山経産相などが赤っ恥をかくケースが増えている。自民党の政治家の間にも、「これは恥ずかしい!」という思いが広がり始めた。
さらに、とどめになりそうなのがアメリカ大統領選挙の情勢だ。もしバイデンが勝って民主党政権になれば、アメリカの環境政策が劇的に転換するのは確実である。
そのとき、アメリカでは日本と違いカリフォルニア州などの先進州で日本よりはるかに進んだ環境規制を実施しており、それに追随する形で合衆国政府が環境政策に熱心になった途端、一気にこの分野で前に出てくる可能性がある。それから慌てて舵を切っても、日本はまったくついていけないだろう。
以上のような情勢の中で、追い詰められた菅政権は、ついに「グリーン社会実現」という旗印を掲げざるを得なくなったのだ。
■グリーン公約の本当の狙いは「原発推進」か
その判断は遅すぎるとはいえ「まあ悪くはない」という評価もできる。だが、所信の内容を見ると、暗澹(あんたん)たる気持ちになってしまう。
50年に温室効果ガスを国全体としてゼロにするのは、多くの先進国がすでに表明している目標だ。新味はない。問題はその実現方法だが、その中身はまったくないに等しい。
先進各国は、例えば非常に厳しい排ガス規制と超過達成クレジット取引、炭素税、石炭火力禁止、排出権取引、厳格な住宅省エネ基準、新車販売助成における厳格なエコカー選別、ガソリン・ディーゼル車販売禁止年次の設定などの具体策を導入しているが、菅総理の所信には、これらの具体的政策はまったくない。
書かれているのは、こうした現実に直接的効果を生む規制やルールではなく、「次世代型太陽電池、カーボンリサイクルをはじめとした、革新的なイノベーション(技術革新)」という極めて不確実で痛みのない、ぬるま湯の政策だけ。これでは、まず50年ゼロは不可能といってよい。
さらに、驚いたのは、「世界のグリーン産業を牽引し」のくだり。
これまで『週刊プレイボーイ』のコラム『古賀政経塾!』でもたびたび指摘してきたとおり、日本のグリーン産業は世界から取り残されている。例えば、太陽光も風力も日本企業は世界のトップ10にも入れていない。電気自動車でもなんとか世界市場で競争できているのは日産だけ。トヨタはいまだに電気自動車を販売できない状況だ。
自動車用電池では、かつてパナソニックが断トツ世界一を誇っていたが、中国の自動車大手『CATL』にあっという間に追い抜かれ、最近では韓国LG電子にも猛追されている。電気自動車世界一位のテスラはパナソニック一社調達だったが、ついにCATLなどの中国企業からの調達を始めてしまった。
そして、もうひとつ注意が必要なのは、ほとんど実現する道筋が描けていないのに、無責任に50年ゼロを唱えたことの裏にある隠れた理由だ。
菅総理から見れば、「50年先のことなんか知ったことか」ということなのかもしれないが、その一方で、仮にその道筋を厳しく問い詰められたら、「原発をどんどん動かして足りなければ新設します」と切り返す伏線を張っているという可能性もある。
詳しくは、私の記事(『河野太郎行革相がまず着手すべき電力改革は「容量市場」の見直しだ!』)を参照してもらいたいが、経産省が先日「容量市場」を創設したことは、再エネを販売する新電力に大きな負担を課す一方、石炭火力などに補助金を与えるような効果を持っている。このように、最近の再エネをめぐる政府の政策は言行不一致で、大手電力の圧力に負けた経産省が再エネの事実上の抑制策を推進しているかのように見える。
こうした事実と合わせて50年ゼロの実現ということを考えると、将来的に「国際公約」である50年ゼロは必達目標となり、再エネ普及が進まなければ、原発推進への世論の理解(諦め)につながるというのは、現実味のある読みであるような気がする。
今後の展開を注意深く見て行かなければならない。
●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。古賀茂明の最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が10月26日(月)に発売! 初日にアマゾンランキング 行政・官公庁1位、公務員・官僚1位
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