トランプ大統領はアメリカを完全に破壊した、もはや分断された社会は元には戻らない......。そんな絶望の声も聞こえてくるほど、トランプ政権の4年間でアメリカという超大国のあらゆる"ひずみ"が表面化した。
この病巣の正体はなんなのか? 克服への希望はあるのだろうか? 『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが解説する。
■LBJがつくった「アメリカの中産階級」
いよいよ米大統領選挙が間近に迫りました(現地11月3日投票)。民主党候補のバイデン優位のまま選挙戦終盤を迎えた焦りからか、共和党候補であるトランプ大統領の言動、特にツイートはいつにも増して過激、かつデマも含め非常に不規則な内容が目立ちます。
そして、SNSなどでトランプ支持者たちをウォッチしてみても、なんの根拠もない「Qアノン」などの派手な陰謀論や、次元の低いデマが広く飛び交っています。今さらながら、アメリカはここまで壊れてしまったのかと悲しい気持ちにもなります。
こうなった理由はひとつではありませんが、あえて大づかみに申し上げれば、行きすぎた新自由主義がアメリカの「あるべき姿」を長期にわたり壊してきたのだと僕は考えています。公教育、生活・社会インフラ、それらの充実により分厚くなっていった中産階級......。レーガン政権(81~88年)以降、こうした社会の土台は段階的に解体されていったのです。
では、かつてその社会の土台を積み上げてきたのは誰か。象徴的な存在といえるのが、"LBJ"ことリンドン・ベインズ・ジョンソン大統領(63~69年)です。
LBJはジョン・F・ケネディ政権(61~63年)の副大統領だった人物ですが、民主党の中でもリベラルでスター性があり、大きな夢を語るJFKに対し、南部テキサス州出身のLBJは保守色が強く、粛々と実務をこなすタイプでした。
ところが、63年にJFKが暗殺されたことで急転直下、大統領に昇格したLBJは、就任演説で「JFKの意志を引き継ぐ」ことを宣言。そして、足かけ6年の在任中に"偉大な社会(グレートソサエティ)"と呼ばれる政策の数々を形にしていきます。
その目玉はふたつ。ひとつは人種差別を禁じる公民権法です。JFKは公民権運動に歩調を合わせつつも、政策として形に残すには至りませんでしたが、LBJは運動のリーダーでもあったキング牧師らと協議を重ね、公民権法に反対する南部諸州の保守的な議員を懐柔。
一部の強硬な反対派から"裏切り者"のそしりを受けても初志を貫徹し、64年、ついに公民権法が成立します。これで、人種差別的な制度はすべて連邦法で禁止されることになりました。
もうひとつは、貧困撲滅を目標とした社会保障や福祉・保険制度の拡充です。LBJは高齢者の医療費負担減、低所得者への家賃補助、公教育の充実、奨学金制度の確立、公共事業の拡大など、まさに中流層を分厚く育てるための"社会投資"的な政策を次々と実現。
その裏にはベトナム戦争の泥沼化に対する批判の目をそらす意図もあったかもしれませんが、いずれにせよ、この期間に米社会が前進したことは間違いありません。
■「非投票者」というマジョリティの実像
しかしながら、レーガン以降の歴代政権は、その偉大な財産を少しずつ食いつぶしてきました。制度上、富裕層を優遇することが政治的な優先事項となり、規制緩和や減税と引き換えに公共事業や教育投資が削減されたのです。
もともと「小さな政府」を是とする共和党政権だけでなく、民主党のクリントン政権(93~2001年)でもこの傾向は同じでした。オバマ政権(09~17年)は積極的に新自由主義に加担したわけではありませんが、リーマン・ショック後に巨大金融機関を救済した一方、弱者救済に関しては妥協に妥協を重ねるしかありませんでした。
こうして時代を追うごとに中流層の崩壊と政治の分断は進み、いつの間にかリベラルな政治的言論は「いけ好かないインテリのもの」との印象すら生まれ、社会全体がゆっくりと骨粗鬆症(こつそしょうしょう)のような状態になっていったと僕は見ています。トランプという大統領はその「原因」ではなく、あくまでも表に出た「症状」であると考えるべきでしょう。
そうなると、今度の大統領選の結果がどうあれ、米社会の未来は暗いようにも思えます。しかし、実際には「政治」が分断されているからといって、必ずしも「社会」まで真っぷたつになっているわけではないようです。
前回(16年)の大統領選での「最大多数派」は、共和党派でも民主党派でもありません。実は、1億数千万人に上る「非投票者」が、人数の上では圧倒的に最大です(共和党票と民主党票を足した数とほぼ同じともいわれます)。
この非投票者を対象とした調査によれば、彼ら・彼女らは、政治に関心が高くなかったり、あるいは政治に絶望していたりといった理由で投票には行っていないものの、実生活ではそれなりにリベラルな感覚を持っているようです。
人種やセクシュアリティで人を差別してはいけない、不当に移民を排除すべきでない、女性の人工妊娠中絶の権利は当たり前......。政治的に「極右」に近いトランプやその支持者の言説に気を取られすぎると見落としてしまいますが、やはり米社会の多数派は、多くの人を包摂する寛容で多様な社会を望み、あるいはすでに受け入れているのです。
考えてみれば、そうでなくてはあれだけ多様性色の濃いNetflixなどのコンテンツは広く受け入れられないでしょう。とりわけ「ミレニアル世代」や「Z世代」と呼ばれる若年層では、そうした意識が当然のこととして広く共有されています。
大統領選の結果はまだわかりませんが、「トランプがアメリカを壊した」「もうアメリカは完全に終わった」との声には、あえて異を唱えたい。現代史を俯瞰(ふかん)してみるならば、LBJが植えた"多様性の種"を子供の頃に享受したのがベビーブーマーの最後の世代あたり(僕もそうでした)。
そして、その子供以降に当たるのがミレニアル世代やZ世代です。ここに僕は希望の光を見ています。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『Morley Robertson Show』(Block.FM)などのレギュラー番組はじめメディア出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!