大接戦の結果、トランプ大統領が最高裁判所の介入を求めるなど、投票日を過ぎても泥仕合が続く米大統領選挙。
ここまで戦いがもつれた理由のひとつは、トランプ再選をもくろむバノン前大統領首席戦略官やジュリアーニ元ニューヨーク市長らが選挙戦直前になって仕掛けた、あまりにもえげつない"情報戦"だった!
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが解説する!
■"ネタ元"はなんと元ニューヨーク市長
事前の予想をはるかに超える大接戦に世界中が注目した米大統領選挙。選挙戦の終盤、特に目立ったのが、SNS上などでバイデン陣営をおとしめる真偽不明の情報が拡散したことです。
次男ハンター・バイデン氏をめぐる金銭スキャンダル疑惑から、バイデン本人やハンター氏の小児性愛疑惑まで――出どころもわからなければ裏取りもされていない"ネタ"の数々が飛び交う様は、まるで4年前に同じ民主党候補だったヒラリー・クリントンを襲った陰謀論「ピザゲート」のリメイク版を見ているかのようでした。
前回大統領選後の検証でもはっきりとフェイク認定されたピザゲート。その二番煎じ的な信憑性(しんぴょうせい)の低いネタが、またも広まってしまった経緯を振り返っておきましょう。
バイデンに対するネガティブキャンペーンの発端は、昨年9月に浮上したトランプの「ウクライナ疑惑」にまでさかのぼります。
その内容は、トランプが昨年7月、ウクライナのゼレンスキー大統領に対して、2.5億ドル規模の軍事支援と引き換えに、バイデン親子のスキャンダル――次男ハンター氏がウクライナ企業の取締役を務めて巨額の報酬を手にし、その見返りにバイデンが同社に便宜を図ったらしいという真偽不明の噂――を調査すると言及するよう圧力をかけたというものでした。
その後、この件に関してバイデンの関与を裏づける証拠は出ず、逆にトランプは権力乱用などの疑いで弾劾訴追を受けることになりました。
ところが、とっくに鎮火したはずのこの話が、大統領選の投票が近づいた今年10月中旬頃から再燃。きっかけは、保守系のタブロイドメディア「ニューヨーク・ポスト」による「バイデンの関与を裏づけるメールが発見された」という報道でした。
ネタ元はなんと、元ニューヨーク市長でトランプの顧問弁護士でもあるルドルフ・ジュリアーニ氏。次男のハンター氏がウクライナ企業で取締役をしていた時期に交わしたとされるメールなど、大量の怪しい文書を手に入れたというジュリアーニ氏の主張をニューヨーク・ポストがそのまま記事にしたのです。内容をざっくり要約します。
〈約1年半前、バイデンの自宅があるデラウェア州のPC修理店に、ハンター氏のものと思われる壊れたラップトップPCがある人物から持ち込まれた。しかし修理が終わっても誰も受け取りに来ず、不審に思った店のオーナーがPCの中身を調べたところ、バイデンの関与を裏づけるメールや文書を発見。驚いたオーナーは、FBIやジュリアーニ氏に情報を提供した〉
はっきり言って、できすぎた話です。PCを持ち込んだ人物の正体や、PCがハンター氏のものという証拠なども明らかにされていません。実際、記事の執筆者は信憑性に自信が持てないとして署名入りでの発表を拒否しています。
■"クソ情報"の氾濫はまともな人を駆逐する
当然、主要メディアはこの"デマ臭"の強い話をほぼ黙殺。トランプ応援団として知られる保守系の「FOXニュース」ですら、まともに取り扱うことはしませんでした。また、フェイスブックやツイッターなどもフェイクニュースの拡散という事態を懸念し、当初は当該記事へのリンクを遮断しました(その後、共和党議員や保守層からの批判を受けアクセスが可能に)。
ところが、この話題がさほど「跳ねない」と見るや、バイデン陣営に対するネット上のネガキャンの中身は、なぜか「ハンター氏のPCから未成年のポルノ画像が大量に発見された」という児童ポルノ疑惑へと"横展開"していったのです。
もちろんこの話も証拠はなく、大手メディアは軒並みスルーしましたが、今度はこれが「マスコミは真実を隠蔽(いんぺい)している」という陰謀論となっていきます。
普段から出どころ不明の怪情報を多く流している『リボルバーニュース』というサイトが中心となってこの噂をひたすら拡散し続け、それを著名な保守論客や政治家が次々と引用してツイートしたのです――事の真偽はともかく、民主党にダメージを与えるために。
こうして、ただの与太話はいつの間にか「リベラルに毒されたマスコミがひた隠す真実」としてロンダリングされ、一部の層に深く浸透していきました。SNSなどで使われた「#Save the Children」というハッシュタグも、児童ポルノを最悪の犯罪と軽蔑する"善良なアメリカ人"たちの感情を揺さぶり、内容がまともに検証されないまま広くシェアされていったのです。
なお、この"情報戦"の最初の一歩、つまりジュリアーニ氏によるニューヨーク・ポストへの持ち込みは、トランプのかつての側近、スティーブ・バノン元首席戦略官による入れ知恵であったとされています。つまり一連の騒動は、トランプ派のバノン氏による起死回生のオクトーバーサプライズを起こすためのメディア戦略だったとみることもできるでしょう。
自身が会長を務めていた極右ネットメディア『ブライトバート・ニュース』で4年前にトランプの当選を大きく後押ししたバノン氏のプロパガンダ戦略は本当に巧みです。どんな与太話でも、いったんカオスな情報戦のなかに放り込んでしまえば、「メディアが報じない真実」として大きな意味を持つということを誰よりも知っているのです。
そしてその影響は、"クソ情報"を信じ込んだ人々にとどまりません。ひどい与太話がネット上にあふれ、議論そのものが汚染されることで、一定割合のまともで穏健な一般人は「もううんざりだ」と政治から距離を置いてしまう。
その結果、選挙をめぐる議論はますますひどい"泥仕合"となり、デマや扇動がより効果を強める――そんなスパイラルが起きたことも、あれだけの大接戦となった理由のひとつだったのかもしれません。
●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『Morley Robertson Show』(Block.FM)などのレギュラー番組はじめメディア出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!