対談をおこなった橋爪大三郎氏(左)と峯村健司氏(右)

ウイグル人の大量収容、思想改造、虐待、強制労働、デジタル監視社会......新疆ウイグル自治区から香港、台湾へと広がる異形の帝国・中国のウルトラナショナリズムに世界はどう対抗するのか。9月に上梓された集英社新書『中国共産党帝国とウイグル』(橋爪大三郎・中田考著)は、その中国リスクの本質に迫る。

ジャーナリズムを容易に寄せ付けない習近平体制。本書の著者・橋爪大三郎氏と、北京特派員として習近平体制誕生の内幕を最前線で取材した経歴を持ち、先日新聞協会賞を受賞した「LINEの個人情報管理」のスクープの取材班にも携わった朝日新聞の峯村健司編集委員(米中・外交担当)が、最強独裁国家の今後の動き、そしてその最大の弱点について読み解く!

■揺らぐ中国の正統性 

橋爪 はじめまして。峯村さんの『潜入中国──厳戒現場に迫った特派員の2000日』(朝日新書)や『宿命 習近平闘争秘史』(文春文庫)を読みました。大変面白く、取材の足腰がしっかりしていて感銘を受けました。今日の対談を楽しみにしていました。

峯村 ありがとうございます。実は私のほうは、エズラ・ヴォーゲル先生(1930~2020年、ハーバード大学名誉教授)から、橋爪先生のお名前はよく伺っておりまして、初めてお話ししている気があまりしないのですが、今日はお目にかかれて光栄です。

早速、今回の『中国共産党帝国とウイグル』の感想から申し上げますと、イスラーム法学者の中田考先生との絡みもあり、イスラーム側から見たウイグル問題が詳細に語られている。これは私の中で欠けていた視点でもあり、非常に斬新なものを感じました。それが横串とすれば、中国共産党の正統性とは何かという命題がこの本の縦串にあるんだなという感じがいたしました。

今、このウイグル問題も含めてですが、中国共産党の正統性というものが、内部で揺らぎ始めているように感じています。ゆえに、先生も御本の中で御指摘されていますが、強権に出ざるを得ない。これだけ国際的な批判を受けていても、強権的な民族締め付けをしているのは、裏を返すと、習近平政権の自信のなさ、統治の正統性の揺らぎゆえのアウトプットではないかと私も感じています。

この正統性の問題は、ウイグルだけではなく、いろいろな中国の現象分析できる一つのキーワードだと思っています。今、中国共産党が一番抱えている問題が、この正統性をどう自分たちでつくるかということです。日本の政治家はスキャンダルなどがあっても、選挙で当選すれば「みそぎを済ませた」ことになります。中国共産党の幹部が半分皮肉、半分本音交じりで、「日本の政治家がうらやましい」とよく言っていました。何か問題を起こしても、選挙という洗礼を受けることでリスタートできる民主主義の制度はすばらしいと言っているんです。これも裏を返すと、中国共産党には日本のような選挙がない。なぜ私たちは中国を統治しているのか。彼らはずっと自問自答しているんですね。

先生の御本でも指摘されていますが、今の中国は革命でつくられたということ。そもそも中国共産党とは任意団体であり、憲法で規定されているものでもない。では、何が彼らの正統性を担保しているのかといえば、まさに革命戦争を勝ち取って、この新中国をつくったという自負、これが第一フェーズです。

第二フェーズでいうと、毛沢東亡きあと、鄧小平の登場によって、改革・開放、つまり、経済の果実を民衆に分配することによって第二の正統性をつくり上げた。しかしこのロジックが使えるのは、胡錦濤政権の末期まででした。

というのも、習近平体制に入ると、2025年問題という深刻な問題に直面するからです。最近、中国の政府系のシンクタンクが発表していましたが、2025年には、国の財政赤字が急増します。民間の負債もすごいんですが、国の負債まで相当増えて、民衆に配分する経済の果実という、第二世代のロジックが使えなくなってきているわけです。

習近平以下が今やろうとしているのは、紅二代、革命第二世代、その革命の赤いDNAに唯一のよりどころを求めようとしているわけです。毛沢東時代に戻ろうとしたり、マルクス・レーニン主義をわざわざ出したりしているのは、この「紅いDNA」に依拠して正統性を立て直そうとするキャンペーンに他ならないのです。

2021年10月10日、辛亥革命110周年記念大会で演説する習国家主席 写真/ロイター/アフロ

■日本の正統性は「天皇」によって安定

橋爪 中国を語る上で、正統性は確かにキーワードです。そして、そこに中国共産党の弱点があるとも私は思っている。峯村さんからそのようにサポートいただいて、大変心強く思います。

日本でも、正統性は非常に重要な問題で、江戸時代の初めから日本人は深刻にこの問題を考えてきた。まず、江戸幕府が正統かどうか。これは中国共産党が正統かどうかという問題とよく似ています。関ヶ原の武力戦争によって実力で勝ち取った政権です。政権トップには、「われわれが民衆を支配して税金を取っていいのか」という不安があるわけです。

そこで、中国から儒学を学んで、何とか正統性を証明しようとした。まず徳川光圀が『大日本史』というプロジェクトを立ち上げ、朱子学を参考にして日本の正統性をオリジナルに構成しようとしたが、成功しなかった。朱子学で駄目なら古学ではどうか、古学で駄目なら国学はどうか。やってみた結論は、日本には中国にない正統性の根拠がある。それに気づいた。それは天皇だ。天皇があれば、政権は正統になる。幸い、征夷大将軍は天皇から任命されている。そこで幕府は、尊皇家になることで幕府の正統性を主張しようと思った。

しかし幕藩制は、分権制だから、ネーション(国民国家)ではないんですね。われわれは外国に立ち向かうのに、ネーションを、近代をつくらなければならない。それは幕府ではなくて天皇だ。だから、尊皇に加えて、ネーションビルディングを主張しなければならないと。攘夷ですね。これが江戸時代の大きな流れです。

それに成功して明治維新が出来た。天皇を中心として、その下に憲法があるという明治維新の体制の正統性は大変に強いもので、戦争に負けて占領されたぐらいでは覆らないのです。そして、大日本帝国憲法の欠陥を書き換えて、戦後の日本国憲法が出来た。政治家がどんなに腐敗したり、無能だったりしても、制度的な手続きの内部で次の政権が出来上がる。制度としては、とても安定している。もちろん民主主義としては未熟で、いろいろ問題もありますが、中国に比べるととにかく安定している。これは日本の強みです。

逆に言えば中国は、どんなに権力や軍事力があっても大きな弱みを抱えている。ここに中国の人びとは気がついていて、背筋に寒いものを抱えているんです。これをやり過ごすにはどうすればいいか。経済的に巨大になる、軍事的、外交的に強大になる。そうすれば外国からこの弱点を指摘されない。この方法以外にないんですね。だからこの方法で邁進しているんですが、峯村さんが鋭く指摘しているように、この路線で行くと、世界に友達がいなくなる。そして、かえって自分の立場を弱くしてしまうというジレンマがある。

■天皇制への羨望 

峯村 今の先生のお話は、目からうろこであり、勉強になりました。中国の共産党・政府の幹部たちの天皇陛下に対するリスペクトは、ある意味、日本よりも高いと感じるほどです。私がまだ北京特派員でいたとき、2011年の東日本大震災の被災地に天皇陛下が慰問した映像が、中国でも放映されたんです。あれだけの大災害が起きても、陛下がすぐに現地に行かれて、それで民心がまとまっている姿に、中国当局者らは感銘を受けていました。中でも最も天皇にこだわっているのが、習近平氏だと思っています。

橋爪 そうなんです。まだ次の指導者の体制が正式にスタートしていないときに、どうしてもというので無理やりねじ込んで習近平が天皇に面会しているじゃないですか。これは彼の直感と無意識がそうさせているので、彼の根底にそれがあると見えるわけですね。

峯村 そう思います。2009年に私は習近平氏の訪日に同行しました。天皇陛下との面会に対するこだわりたるや、異常と思えるぐらいのこだわりを感じました。彼の権力基盤がまだ固まっていなかったので、天皇陛下に会うことによって自分の権力をレバレッジしたいという、強い思い。実際、あれで習近平氏の権力基盤が固まったとも言えます。

基本的に中国の指導者は公式の場では頭を下げません。ところがその時、習近平氏はわざとテレビカメラから見えないカーテンの向こう側で、あの大きな186センチの体を90度近い形で折り曲げて、陛下にだけ見えるように頭を深く下げたというのも、習近平氏の陛下に対するある種の敬意がにじみ出ていた気がします。

橋爪 中国の考え方では、正統な政権というのは、まず儒教の原則によって、前の政権を打ち倒し、新政府をつくります。すると周辺の国から王たちが朝貢使節を送ってきて、そして、「新しい皇帝おめでとうございます」と頭を下げると、これで体制が盤石なものになるわけですね。

ところが、習近平の場合は反対に見えます。日本は、中国から見てモンゴルのような異民族、本来ならば中国の下のはずなのに、日本に出かけていって頭を下げるというのは、よほど国内基盤に問題があるということですね。

峯村 そう思います。彼らのいう中華秩序(華夷秩序)に照らせば、日本は完全にその外にある。そこまで出向いて頭を下げるというところに、彼らの不安が見えますね。それともう一つ。漢字をはじめ、彼らが一番栄えていた文化、例えば唐の時代、明の時代のいいものが、日本に全部残されていると中国の人たちは言います。私は、その最たるものがこの天皇制に基づいた秩序立った文化じゃないかと思うんです。本来は中国にもあったものが壊されずに残っている。彼らは、そういう一種のノスタルジックなものも感じているんではないかと思います。

橋爪 中国は、元と清(それ以外にもありますが)、この二つの異民族の大きな征服王朝によってプライドをずたずたにされた。でも、それを克服して、中国の自信をいま取り戻している。その取り戻すプロセスで、日本の力を借りたんですね。中華民国が出来かかるころから、大勢の人びとが日本に留学して、日本で明治維新の近代化のやり方を見学して、中国の近代化の参考にした。

「幹部」とか「共産党」とか「正義」とか「教育」とか、現代中国語の基本語彙はあらかた日本から輸入したものが多い。

さて、日本の近代化のときに天皇がとても役に立っているが、中国ではどうしたものだろうか。中国には、清朝末期の溥儀、宣統帝という皇帝がいましたが、これが使えるかというと、使えなかった。むしろ日本が満州国をつくるときに使ったわけです。中国を分断するのには使えるが、中国をまとめるのには使えない。

では共和国になるのか。普通、共和国は、民主主義の立憲制で選挙をしてリーダーを決めるわけです。彼らは本当は選挙がしたいんです。でも、選挙をすると、民主主義を動かすだけの基盤がまだないから、混乱が起こって統一どころではない。

そこで、選挙を飛び越して、優秀な人間が官僚になり、役人になって、専制政治をすることになる。日本も明治20年までは専制政治でしたが、中国は100年ぐらいやっているわけですね。この専制政治というのは正統化が難しい。正統化したとしても、儒教の原則からすると、必ず民衆反乱で打ち倒されてしまうわけです。民衆反乱で打ち倒されないためには、民衆の機嫌を取り続けなければならない。これを毛沢東、鄧小平、習近平と延々とやっている。

軍事力、外交力、経済力とは、民衆の機嫌を取るための最後の手段ですよ。機嫌が取れなくなれば、そのときが終わりです。そしてそれはだんだん近づいている。(2018年に国家主席の)任期をなくしてしまったのも自信のなさの表れですね。後継を選ぶ正当な手続きが存在しないわけですから。ということで、習近平体制は、本当に追い詰められていると私は思います。
【後編につづく】

峯村健司(みねむら けんじ)
1974年生。朝日新聞編集委員。中国総局員(北京勤務)、 ハーバード大学フェアバンクセンター中国研究所客員研究員等を経て、アメリカ総局員。ボーン・上田記念国際記者賞受賞(2010年度)、「LINEの個人情報管理」のスクープで取材チームが2021年度新聞協会賞受賞。著書に『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人 類最大の権力闘争』(改題し文春文庫に『宿命 習近平闘争秘史』として所収)、『潜入中国 厳戒現場に迫った特派員の2000日』(朝日新書)等。

橋爪大三郎(はしづめ だいさぶろう)
1948年生。社会学者。大学院大学至善館教授。東京工業大学名誉教授。『ふしぎなキリスト教』(大澤真幸との共著、講談社現代新書)で新書大賞受賞。『おどろきの中国』(大澤真幸、宮台真司との共著、講談社現代新書)、『鄧小平』(エズラ・ヴォーゲルとの共著、講談社現代新書)、『一神教と戦争』(中田考との共著、集英社新書)、『戦争の社会学』(光文社新書)、『中国vsアメリカ 宿命の対決と日本の選択』(河出新書)、『政治の哲学』(ちくま新書)等著書多数。