対談をおこなった橋爪大三郎氏(左)と峯村健司氏(右) 対談をおこなった橋爪大三郎氏(左)と峯村健司氏(右)

ウイグル人の大量収容、思想改造、虐待、強制労働、デジタル監視社会......新疆ウイグル自治区から香港、台湾へと広がる異形の帝国・中国のウルトラナショナリズムに世界はどう対抗するのか。9月に上梓された集英社新書『中国共産党帝国とウイグル』(橋爪大三郎・中田考著)は、その中国リスクの本質に迫る。

ジャーナリズムを容易に寄せ付けない習近平体制。本書の著者・橋爪大三郎氏と、北京特派員として習近平体制誕生の内幕を最前線で取材した経歴を持ち、先日新聞協会賞を受賞した「LINEの個人情報管理」のスクープの取材班にも携わった朝日新聞の峯村健司編集委員(米中・外交担当)が、最強独裁国家の今後の動き、そしてその最大の弱点について読み解く! 
対談は中国リスク問題の深奥、「中国共産党の統治の正統性」から台湾問題へ。

■パラノイア的権力基盤

峯村 (「習近平体制は統治の正統性の確立に苦心しており、追い詰められている」という前編での橋爪氏への見解に対して)完全に私も同意いたします。特に習近平氏の権力基盤には、ある種のパラノイア的なものを私は感じているんです。一つは文革世代のパラノイアです。

毛沢東の文革時代に、習近平氏の父が共産党高官だったがゆえに、迫害の対象になっている。お母様に至っては、市中引き回しにされているんです。習氏はそうした仕打ちを受け、権力を失ったらこうなってしまうという、痛ましい教訓を得ているわけです。これがまず一つ。

もう一つは、彼が総書記になる直前に、薄煕来、周永康以下「新四人組」によるクーデター未遂があった。このクーデターが成功していたら、彼は総書記になれなかったかもしれない。そんな不安意識に根差すパラノイア。この二つのパラノイアが、国家主席の任期を撤廃したり、強権で押さえつけたりする動機になっている気がします。

橋爪 彼は、毛沢東モデルに非常にこだわっていますね。毛沢東には欠点も多かったけれど、中国の近代化を進めるという大きなプラス面もあった。毛沢東が言ったのは、官僚の専制支配はよくない。民衆が立ち上がって、直接運動で政治を動かすべきである。新中国は、農民、労働者、学生、そういう一人ひとりの人民、あなたたちのものですよ、という一種のユートピア思想です。選挙はないが、直接行動で正しいことのために運動を起こせば、悪者はやっつけられて世界はよくなるというイメージをみんなに与えたのです。

そこで、過去のしがらみとして中国に残っていたものが全部なくなって、近代化に向けて大きく動き出すという社会変化にはなった。このプラス面に習近平は目を向けているわけです。常識的に考えれば、彼は父親も母親も本人も非常に苦労した、毛沢東政策の犠牲者のはずです。

峯村 そのとおりですね。

橋爪 でも、彼はそう思わないで、プラス面に着目して、この方向で中国は前に進むべきだと言っている。毛沢東に何がないか。憲法がない。法の支配がない。選挙がない。民主主義がない。でも、中国の伝統を現代に生かして、イギリスを見返し、アメリカを見返し、ソ連・ロシアと対抗し、中国が一番強くなるのだという誇大妄想を、いま、習近平は「中国の夢」と言っている。これが国際的にとても許容できない大きな問題になっているんですね。

峯村 そう思います。中国では、1980年代からいわゆる国境とは異なる「戦略国境」という概念があります。中国軍幹部が提唱した概念で、国境は国力に応じて変化するというものです。つまり軍事力、経済力が増してくると、この勢力圏も広がる。つまりバリアが広がることによって国を守ることができるというのが、中国共産党の軍の幹部たちの主流の考え方。世界第2の大国となった中国が地球規模で勢力圏を広げるのは「当然」ということなのです。

これは私から見ると、中国式のこの体制が生き残るのか、民主主義が生き残るのかという、ゼロサムゲームです。

冷戦終結後、社会主義陣営はマイノリティで、壊滅寸前まで陥った。中国、キューバそして北朝鮮ぐらいしかなかった。あれから30年、中国は社会主義に代わる独自の国家資本主義体制を築き上げて強大化した。経済援助やAIを使ったデジタル監視体制の提供を含めた他国への援助を展開して、中国は今、お友達を増やしつつある。

民主主義のほうが今はむしろマイノリティなんですよ。その顕著な例がこの間の香港の事件です。「一国二制度」の元に担保されていた香港の民主主義を、実質的に終わらせたのが国家安全維持法です。これにより「一国一制度」になったと言っても過言ではない。これは冷戦後初めて民主主義陣営が陣地を失った、衝撃的かつ歴史的な事件だと私は見ています。

橋爪 そこで連想されるのは、かつてウルトラナショナリズムに染まり、大きな戦争を引き起こす道に進んだ日本の姿です。中国はいま、日本の一周遅れか二周遅れでウルトラナショナリズムに進みつつある。しかも近代化のプロセスがよく似ているんです。ただ、サイズが大きい。その分、日本の場合を上回る最悪の結末を招いてしまうおそれがあるので、相当注意しなければいけない。

中国がやろうとしているのは、かつての日本の、華北占領、日支事変、それから、ノモンハン事件、仏印進駐とかにあたる行動ですよ。日本には平和協調路線や国際秩序を守りましょうという知識人がかなりいた。むしろ主流派だった。でも、この流れを止められなかった。中国の場合にはそういう人びとがいない。いても黙っている。何か言えば、存在が抹殺されてしまいます。だから、危険性ははるかに大きいと言わざるをえないのです。

峯村 私もそう思います。先日、南シナ海に、アメリカ、日本、イギリス、さらにはオランダも艦船を派遣して、中国に対する圧力をかけたんです。これを見て、第2次大戦開戦前のABCD包囲網(アメリカ、英国、中国、オランダ)を思い浮かべました。今は「C」が「J(日本)」に入れ替わったわけです。

■台湾統一は習近平の毛沢東越えの悲願

峯村 香港・台湾問題についてもう少し言及したいと思います。習近平氏は、なぜ強引に香港に手を付けたのか。そこまで強硬手段に出なくても、黙っていれば2047年には、中英共同声明によれば、香港は中国の領土となり、普通の一国一制度になりえたわけです。それをなぜ時計の針を27年前倒ししなければいけなかったのか。それを考えると、これもやはり最初にお話しした中国共産党体制の正統性を固めたかったからだと思っています。

今の習近平氏の動きは、大まかに言うと鄧小平政策を否定することです。これは意図してやっています。習近平氏の観点によれば、鄧小平は二つの失敗をしている。

その一つが先富論。鄧小平が進めた改革開放政策の根幹の考え方で、先に豊かになった者は、それを皆に分け与えなさいという思想です。ところが、豊かになった者は、みんな財産を私的に使ったり国外に逃げ出したりしてしまい、貧しい人たちが取り残されてしまった。今、習近平氏がやっている反腐敗キャンペーンや共同富裕政策は、鄧小平の先富論の弊害を正す意味があります。

もう一つの鄧小平の政治的な失敗は、「一国二制度」だと、習近平氏は見ていると私は思っています。これは、もともと台湾を統一するためのコンセプトを香港にも適用したものです。ただ、「一つの国の中に二つの民主主義と社会主義という制度が共存する」という曖昧な方向・考え方が、香港を不安定な状況にしたとみている。だからそういう中途半端な一国二制度を終わらせて香港を「安定化」させた。これはある意味、習近平氏から見ると、「鄧小平越え」なんですね。

台湾に関して言えば、これは毛沢東の失敗と共産党内では見られています。本来ならば、ほとんど台湾は取れていたのに、当時の毛沢東指導部の政策判断のミスによって朝鮮戦争に出兵した。これによって中国軍の兵力がそがれた結果、台湾との統一ができなかったと考えている共産党幹部は少なくありません。

正統性が揺らいでいる習近平氏が一発逆転を狙おうと思ったら何か。鄧小平を越える、さらに毛沢東を越えることしかないのです。毛沢東を越える唯一無二の政策が、台湾統一なんです。これを実現することによって習近平氏は、鄧小平越え、毛沢東越えを果たして、確固たる正統性を手に入れられると思っているのではないか。そのように私は見ております。

2021年10月10日、辛亥革命110周年記念大会での習国家主席 写真/アフロ 2021年10月10日、辛亥革命110周年記念大会での習国家主席 写真/アフロ

橋爪 解放直後、中国海軍はないも同然でした。ないので台湾に対して軍事行動を取る可能性はなかった。2000年ぐらいまでなかった。ですから、金門島や馬祖島を攻撃したり、ミサイルで脅かしたり、そういう嫌がらせしかできなかった。でも、台湾解放を念頭に、空母や揚陸艦やかなりの戦力をもう整えていて、状況によっては何かできるという段階まで来ています。朝鮮戦争も、毛沢東の失敗とは言いにくいと私は思う。毛沢東の判断は、もしあそこで北朝鮮が消滅していれば、中国は非常に厳しい立場になったであろうという判断だった。緩衝地帯としての北朝鮮を確保したことはそれほど間違っていなかったと私は思う。

峯村 なるほど。当時の中ソ関係から見ても、スターリンがうまく計略的に操作して自らの手を汚さずに、中国に参戦させたという経緯もありますからね。でも、毛沢東ができなかったことをやるんだというのが、今の習近平氏のインセンティブになっていると思うのです。

橋爪 それはそのとおりです。


峯村健司(みねむら けんじ)
1974年生。朝日新聞編集委員。中国総局員(北京勤務)、 ハーバード大学フェアバンクセンター中国研究所客員研究員等を経て、アメリカ総局員。ボーン・上田記念国際記者賞受賞(2010年度)、「LINEの個人情報管理」のスクープで取材チームが2021年度新聞協会賞受賞。著書に『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人 類最大の権力闘争』(改題し文春文庫に『宿命 習近平闘争秘史』として所収)、『潜入中国 厳戒現場に迫った特派員の2000日』(朝日新書)等。

橋爪大三郎(はしづめ だいさぶろう)
1948年生。社会学者。大学院大学至善館教授。東京工業大学名誉教授。『ふしぎなキリスト教』(大澤真幸との共著、講談社現代新書)で新書大賞受賞。『おどろきの中国』(大澤真幸、宮台真司との共著、講談社現代新書)、『鄧小平』(エズラ・ヴォーゲルとの共著、講談社現代新書)、『一神教と戦争』(中田考との共著、集英社新書)、『戦争の社会学』(光文社新書)、『中国vsアメリカ 宿命の対決と日本の選択』(河出新書)、『政治の哲学』(ちくま新書)等著書多数。

*この対談の続きは10月28日(木)にウェブサイト「集英社新書プラス」に掲載いたします。