『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、アメリカの富裕層増税と格差是正策について語る。
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このコロナ禍でも、世界の超富裕層(スーパーリッチ)の総資産はさらに増加しています。米フォーブス誌によると2020年、資産10億米ドル(約1140億円)以上のビリオネア2755人の純資産総額は13兆1000億ドル(約1490兆円)。
特にアメリカでは、所得分布で上位1%に当たるスーパーリッチが、全人口の60%を占める中間層の総資産を上回る富を保有していることが最新の調査で明らかになりました。
ところが、このいびつな格差を是正すべく米バイデン政権が進めていたビリオネアへの増税案は、10月末に上院で否決されてしまいました。共和党の反対を押し切って法案を通すためには、すべての民主党議員と無所属議員の賛成を得る必要がありましたが、民主党のジョー・マンチン上院議員(ウエストバージニア州選出)が反対票を投じたのです。
理由は富裕層増税そのものへの反対ではなく、その財源の使い道に関するものでしたが、ともあれ、1980年代のレーガン政権による規制緩和と所得税減税から始まった格差拡大に歯止めをかけうる乾坤一擲(けんこんいってき)の法案は泡と消えてしまいました。
ただ、それでも格差是正を求める声は簡単には収まらないでしょう。2008年にノーベル経済学賞を受賞している著名な経済学者ポール・クルーグマンも、ここにきてより強く"Tax the Rich"を主張。
ごく最近、ニューヨーク・タイムズ紙に寄稿したコラムでも、トマ・ピケティの理論を引用しつつ、富裕層増税は社会主義的だという保守派からの批判に対して次のように反論しました。
「共和党の政治家は、民主党の提案(富裕層への累進課税強化と中産階級・貧困層の子供への援助)をマルクス主義的だと言うが、実際はアップルパイと同じくらいアメリカ的だ」
補足しますと、実はそもそも累進課税制度は20世紀初頭にアメリカで生まれ、米政府は長年、富裕層に重税を課してきました。アメリカが資本主義を野放しにし、富裕層優遇へと傾いたのはここ40年ほどにすぎず、それ以前は累進課税で確保した税収を公教育や社会保障に手厚く分配し、バランスよく活力のある社会を目指していたのです。
今回の法案消滅はバイデン政権にとって大きな痛手ですが、すでにほかの格差是正策はいくつか実行されており、例えば連邦政府との契約労働者の最低時給を現在の10.95ドル(約1250円)から15ドル(約1710円)まで引き上げることも決定しています。今後、富裕層増税法案を再び提出できるかどうかは不透明ですが、少なくとも格差是正という方向性が変わることはなさそうです。
ちなみに、日本の現在の最低時給(全国平均)は930円で、前年からの上昇幅はわずか28円(これでも2002年度以降最大の上げ幅です)。一回の選挙で連邦政府内の最低時給を一気に3割以上引き上げたアメリカとは、経済状況も制度も違うので一概に比較はできませんが、もう少し労働者・左派から大きな声が上がってもいいのではないでしょうか。
日本の有名な"ニューリッチ"がSNSで時々、思い出したようにやっている"お金配り"。あれは富の再分配でもなんでもなく、金持ちの遊びですよね。目をギラつかせてあれをリツイートするくらいなら、"Tax the Rich"についてもう少し真剣に考えてもいいと思うのですが。
●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。NHK大河ドラマ『青天を衝け』に続き、TBS系日曜劇場『日本沈没―希望のひと―』への出演が話題に!